2018年06月24日

『ペーパームーン』O.ヘンリーテイストのロマンチック・コメディ

 2年前に記事にさせていただいた『朗読劇 こころ』(劇団天辰)で、
 一癖ある演技で劇団民藝の女優の卵として、
 遺憾なく存在感を見せつけてくれた廣岡悠那さんが、
 劇団天辰のメール連絡網を使って「是非、見に来てくれ〜」
 との本作の営業活動をされました。

 これは一肌脱がねばと、廣岡さんの劇団員割引枠で予約させていただき、
 昨日(6/23)、
 新宿高島屋南館にある紀伊国屋サザンシアターに観に行ってきました。

 舞台はイメージし難いのですが、
 O.ヘンリーテイストのロマンチック・コメディの雰囲気は伝わるかと思い、
 当日販売していた本舞台のパンフレットの表紙を引用してみました。

20180624『ペーパームーン』.jpg

《ストーリー》

 メール連絡網で廣岡さんが書いてくれた粗筋を引用します(適宜改行しました)。

 「「漂流郵便局」は瀬戸内海の小島にあり、受取人のいない手紙を預かっています。
  郵便局長は全国から集まってくるすべての便りに目を通し、
  伝えたくても伝えられない気持ちを受けとめているのです。

  夫を突然亡くし整理のつかない気持ちを「漂流郵便局」宛の手紙にしたためる妻、
  義姉の助っ人にかけつけた夫の弟。
  自宅カフェ開業に奮闘する二人を軽妙に演じるのは樫山文枝と西川明。
  1930年代アメリカのラブ・ソング「It’s Only A Paper Moon」が彩りを添えます。

  歌あり朗読ありダンスありと、涙と笑いがはじける舞台をお楽しみいただきます。
  郵便局長の粋なはからいで意外な結末が……。」

 ******

  廣岡さんは若くとてもキュートなので、舞台でセーラー服を着れば、
  中学生・高校生役が十分にできるので、
  樫山文枝さんの若い頃の女学生の役でもやるのかと思ったのですが、
  本人は演出志向が強く、そのため修行として何でもやっているところで、
  今回は大道具担当作業に取り組んでいるとのことでした。

《劇団民藝》

 劇団民藝といえば、滝沢修・宇野重吉の両御大が創設し、
 両御大をはじめ、現在の代表である奈良岡朋子さんに至るまで、
 数えきれない名優を輩出しているのは言うまでもないことです。

 私も、多くの映画で、例えば、特に、、
 『霧の旗』『戦争と人間』『華麗なる一族』等の社会派映画で、
 体制を支える憎々しい権力者役を超弩級の貫禄で演ずる滝沢修さんを
 楽しませていただきました。

 あの頃、滝沢修さんは、50代から60代にかけて油が乗り切ったところで
 (おいおいおい、今の私より若いくらいだったのか)、
 映画はあくまで余技ですよ、という感じの余裕綽綽ぶりでした。

 私は正直なところ、
 民藝の舞台をみることなど一生ないだろうと思っていたのですが、
 弁理士になって行政書士繋がりで天辰座長と知り合い、
 その天辰座長繋がりで民藝団員の廣岡さんと知りあい、縁は縁を呼んで、
 民藝の舞台を見ることになったのは運命的であり貴重な体験でした。

《樫山文枝さん》

 私が、家から走って5分のところにあった中学校に通っていた頃、
 1年間にわたり、NHK連続TV小説の屈指の名作『おはなはん』が、
 毎朝8時15分から8時半まで放映されていました。

 おはなはんを演じた樫山文枝さんが、清楚で健気で美しかったことと、
 おはなはんと夫の速水中尉(高橋幸治がとてつもなくカッコよかった)
 とのロマンチックなるも悲劇的な夫婦の物語とは、
 半世紀を経ても私の脳裏に焼き付いています。

 『家族はつらいよV(妻よ薔薇のように)』で、
 次男の庄太(妻夫木聡)が、高校生の頃に、
 嫁にきた10歳ほど年の離れた兄嫁(夏川結衣)が匂い立つように美しかった、
 と回想する場面がありますが、
 私にとっては、樫山文枝さんは、知的で清楚で健気で強く美しく、
 こういう女性はいい男に嫁ぐものなのか、と身近に思って見た最初の女性といえます。

 しかし、あの当時、中学の始業時間は8時半でしたから、
 私は、1年間、8時25分まで『おはなはん』を見て、
 そこから走って校門に駆け込んでいたのでしょうね。

《ペーパームーン》
 
 本作のメインストーリーは、
 カフェ「ペーパームーン」を自宅の隣に建てるという、
 夫婦の長年の夢を実現しようと、具体的に動き出そうとした矢先に、
 夫(西川明)が急死してしまい、
 悲嘆に暮れた可憐で美しい未亡人である桃子(樫山文枝)が、
 夫の弟で、ブラジルから突然帰国した風来坊の五郎(西川明(二役))
 に支えられて開業にこぎつけるまでの、山あり谷ありの、
 O.ヘンリーテイストのロマンチックコメディです。

 商業演劇の雄である民藝だけあって、
 まだ新しい紀伊国屋サザンシアターの劇場環境の中で、
 舞台のセットは意匠が美しく洗練されています。

 樫山文枝さんも、背筋がシャキッとしてスレンダーで、声の衰えもなく、
 もう一花も二花も咲けるであろう美しい未亡人を軽やかに演じており、
 さすがに看板女優だと実感しました。

 ******

 苦難に陥るヒロインを、得体の知れない風来坊が助けるという
 ロマンチックコメディは、
 日本であれば、『男はつらいよ』のマドンナと寅、
 欧米であれば、『マイ・インターン』の美貌の女性社長とロートルの中途採用社員
 などが典型的で、本作もメインストーリーはとてもよいと思うし楽しめました。

 そういえば、先日TV放映された『68歳の新入社員』は、
 『マイ・インターン』のリメークで、
 デ・ニーロの役を草刈正雄が、アン・ハサウェイの役を高畑充希が演じています。

 DVDになったら見ようと思っていますが、
 リメークして何等恥ずかしくない名作なのですから、
 フジテレビは堂々とリメークの旨説明すべきです。 

《脚本》

 本作は、本来よい題材をメインストーリーにしているのに、
 とても勿体ない舞台にしてしまっているように思います。

 最大の原因は脚本(佐藤五月)にあると思います。

●本作は、メインストーリーだけで十分に成立すると思うのですが、
 「漂流郵便局」という、
 舞台を観ているだけではよくわからない要素が入ってきます。

 劇中の説明では、
 「漂流郵便局」は四国の瀬戸内海に近いところにある「郵便局」?で、
 そこに、心に抱えるものを持つ人々が、
 自分の気持ちを宛先のない手紙にして投函できるところのようです。

 舞台では、
 舞台奥手の高いスペースに「漂流郵便局」のセットが組まれ、
 舞台手前の低いスペースに桃子の自宅応接室のセットが組まれています。

 「漂流郵便局」のエピソードでは、奥手にライトが当たり、手前は見えなくなり、
 桃子のエピソードでは、手前にライトが当たり、奥手が見えなくなる、
 という凝ったセット構成になっています。

 しかし、本作は、桃子を中心としたメインストーリーと、
 メインストーリーの間に挿入される、
 「漂流郵便局」に立ち寄る人々によるサブストーリーの関係がよくわからないため、
 「漂流郵便局」に立ち寄る人々の中に、
 メインストーリー側の登場人物を入り込ませて融合させようという意図が
 空回りしています。

●単純な疑問ですが、桃子の自宅がどこなのかがわかりません。

 桃子の自宅が、東京でないことはわかるのですが、
 瀬戸内海の「漂流郵便局」の近くなのか、
 遠く離れていてメインストーリー側の登場人物が意を決しなければ
 行けないくらいに離れた関東地方なのかが、全く説明されないので、
 ライトの切り替えで場面転換しただけでは、、
 彼らが「漂流郵便局」を訪れるリアリティが全く感じられないのです。

●本作で、「漂流郵便局」のサブストーリーは、なくてよかったと思います。

 映画もそうですが、舞台も、
 登場人物が衝突して感情的な化学反応を生じ、
 これらの化学反応によって最後に生じる、「ある抽象的な情念」が、
 具体的な人物やセットを通して観客の心に伝われば十分な筈です。

 メインストーリーは、ラストの完成したカフェ「ペーパームーン」の
 ちょっと驚くセット構成と、桃子と五郎の配置で、
 「ある抽象的な情念」を十分に伝えることができていたと思います。

 しかし、本作は、その「ある抽象的な情念」を
 抽象性が高いサブストーリーで改めて説明してしまっており、
 また、「漂流郵便局」の描写の抽象性が高いといっても、
 私が上記に説明したような、文章で説明できてしまう陳腐な内容ですから、
 舞台脚本としては、観客をなめてないか、という感じがします。 

 わずか1時間半前後の舞台ですから、
 話の構成を複雑にせず、メインストーリーに絞って、
 桃子や他の関係者の絡みに深みをもたせて、
 コメディとしての感情の起伏を大きくして、
 もう少しアップテンポに軽やかに話を展開させた方がよかったと思います。

《セット構成と演出》


 舞台では、メインストーリーは桃子の自宅の応接間で展開され、
 自宅の隣の工事中のカフェは、舞台の左隅にある出入口と見立てスペースだけです。

 ここは好みの問題かもしれませんが、私であれば、舞台は、
 桃子が五郎と娘に助けられて建設しているカフェの工事現場をメインにして、
 桃子の自宅の応接室は、本舞台とは逆に、
 舞台の右隅のほうに見立てスペース的に設置しておいたと思います。

 カフェの工事現場は、舞台のストーリーが進むにつれて、
 次第に完成され、最後に、桃子と夫が夢見た実際のカフェのセットになる。

 その着々と変化する工事現場のセットの中で、
 桃子と周囲の関係者の絡みが動的に進展するような仕掛けもありかなと思います。

 例えば、舞台では、
 娘とフィアンセはもうそのような関係であるところからスタートしますが、
 工事の進捗の中で、娘と彼の関係が進展して結婚を決意するような設定でも
 面白いのではないかと思うのです。

《キャスト》


 キャストについては、民藝の将来を考えたら、
 真剣に考えなければならない深刻な問題があるように思います。

 樫山文枝さんは、前述したように、素晴らしい女優ですが、民藝には、
 本舞台のヒロインを樫山文枝さんにやってもらわなければならないほど、
 適齢期の俳優がいないのでしょうか。

 本作では、桃子に実年齢が近い役者をヒロインとし、
 夫と五郎は、ヒロインに十分に対抗できる男優を据えるべきと思います。

 本作では、
 ヒロインの樫山文枝さんが大女優すぎて、男優が全く対抗できていません。

 私は、舞台系の役者を存じ上げていないので、勝手なイメージキャラクターですが、
 桃子役は、例えば、真矢ミキさん、
 夫と五郎役は、もう少し若い方がよいのですが、風間杜夫がまだ若作りできるか
 (内野聖陽、高橋克典、・・・ちょっとカッコよすぎるか)というところで、
 樫山文枝さんは、メインストーリーで重要な役どころである、
 夫と五郎のチャーミングな母親役に据えて、全体を引き締めればよいと思います。

 本作は、歌って踊るミュージカルの要素もあるので、
 真矢ミキさんはピッタリで、風間杜夫も無理すれば何とかなります
 (という風間杜夫のような、おっさん風かつ二枚目ができる舞台俳優いないですか)。

 このような適齢期の俳優を常に育てるか、
 ゲストに招くか(ギャラの問題はありますが)する必要があると思います。

《民藝の若手と若手育成に期待する》


 廣岡さんのような若手の演出志向組には、
 とにかく寝る暇惜しんで脚本を書くよう指導して、
 脚本も演出もできる人材を育てるべきと思います。

 TVのシナリオは、
 1990年代までは、映画の感覚が支配的でしたが、
 2000年頃から、蒔田光治を中心にして、
 計算された緻密な構成にウェートが置かれてきていると思います。

 アメリカTVでは、同様な流れが先行していて、
 『スパイ大作戦』の頃に比べて、
 明らかにシナリオスタイルが変化していると思われます。

 最近DVDで見たアメリカTVドラマ『ドクター・ハウス』などは、
 8シーズン(8年間)にわたる連続ドラマですが、
 45分完結又は各45分前後編がベースで、
 舞台は一総合病院のドクター・ハウスの診療室の周辺のみ、
 毎回同一パターンで話が進むのですが、
 毎回凝りに凝ったシナリオで、全くマンネリに陥りませんでした。

 ですから、民藝の演出志向の若手は、最低限の素養として、
 黒澤明、小津安二郎、市川崑、山本薩夫等の
 シナリオがしっかりしている映画は全て見て、
 2000年代以降の日米のTVドラマを見て、
 舞台に取り込めるものは貪欲にドンドン取り込むべきと思います
 (全く、無責任に偉そうで申し訳ありません)。

 樫山文枝さんが第一線で今後も末永く活躍されることと、
 民藝の今後の取り組みと民藝若手の今後の活躍を心から念じております。
posted by Dausuke SHIBA at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・ライブ

2018年06月10日

『家族はつらいよV(妻よ薔薇のように)』ますますおかしいブラック喜劇

 5月の連休明けに、お客様から本作の試写券が届き、
 とても嬉しかったのですが、試写会日が一日前の連休最終日ということがわかり
 ショックでした。

 長い連休は、郵便局もしっかり休むのですね。

 たまには映画館に直接足を運べとの天の声かと思い、
 先週、久々に映画館(新宿ピカデリー)で本作を楽しみました。

 おかげ様で、試写会ですと回収されて手元に残らない試写券が
 記念に残ることになりました。

 試写券の紙面を引用しますので、雰囲気を感じてみて下さい。

20180610『家族はつらいよV』.jpg

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 (おそらく)一流半の商社で部長職まで昇り65歳定年を5年以上過ぎて
 仕事もせずに日々を過ごすことに慣れてきっている平田周造(橋爪功)、
 周造に長年連れ添う老妻である平田富子(吉行和子)、
 周造の長男で海外に製造拠点をもつメーカーの営業課長である平田幸之助
 (西村まさ彦)、
 幸之助の妻で専業主婦の平田史枝(夏川結衣)、
 幸之助の長男で高校生の平田謙一(大沼柚希)、
 幸之助の次男で中学生の平田信介(小林颯)の3世代が住む、
 部長級で退職した周造に相応な青葉台に買った3世代住宅で生じる
 エゴも極まる好き勝手が高じて生じる自業自得の大事件をめぐる
 ドタバタブラック喜劇です。

 この3世代家族に、家を出て独立している、
 周造の長女で税理士をしている金井茂子(中嶋朋子)、
 茂子の夫(としては無能)で税理士事務所経営をする金井泰蔵(林家正蔵)、
 周造の次男でピアノ調律師の平田庄太(妻夫木聡)、
 庄太の妻で看護師の平田憲子(蒼井優)の衛星家族が絡み、
 毎度、
 周造の異なる(が同じにしか見えない)旧友(小林稔侍)と
 居酒屋の女将である加代(風吹ジュン)
 が平田一族の大騒ぎに油を注ぐことになります。
 

 周造にとっては、
 『家族はつらいよT』では、老妻富子から離婚を切り出され、
 『家族はつらいよU』では、たまたま泊めた旧友の死体と寝ていた、
 という大事件が続きましたが、今回は、長男夫婦の壮絶な喧嘩の末に、
 嫁が家出して実家に帰ってしまい、平田家は深刻な状況に陥ることになります。

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 以前のブログ記事でも指摘しましたが、
 この家族の年齢構成と俳優の実年齢は異常にミスマッチしています。

 登場人物と俳優の年齢構成を表にしてみました。

Book1.jpg

 今回は、幸之助が会社の香港支店のトラブル対応のために出張した間に、
 朝の家事が一段落したのどかな時間、史枝が2階でうとうとしていたところ、
 空き巣に入られ、史枝のへそくりを盗まれるという小事件が勃発します
 (盗まれた額が、史枝の健気さと相まって泣かせます)。

 夜遅く香港から帰宅して疲れ切った幸之助が、小事件の顛末を聞き、
 「俺が大変な思いで外国で仕事している間に、
  居眠りをしてへそくりを盗まれるとはいい身分だな」
 と史枝に言い放ってしまいます。

 実世間でこれを言ってしまえば往復ビンタ百発は覚悟しなければならない
 ことを、幸之助が史枝に言ってしまったその晩に、
 史枝が出たきり戻らないという大事件に発展します。

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 海外支店のトラブルに現地で対応するとすれば、
 普通は課長級の実務者が派遣されるでしょうから、
 幸之助は50代を目前に控えた40代後半で、部長になれるか否かという、
 会社人生で一番緊張した(か諦めきった)ポジションであろうと思われます。

 その妻である史枝は、幸之助より少し若く、
 幸之助よりも10歳ほど年下に見える庄太(妻夫木聡)に、
 高校生のときに見た新妻の史枝は匂い立つ美しさだったと言わしめているので、
 おそらく、40代半ばではないかと思われます。

 本作冒頭で、幸之助が史枝に生活費をその都度手渡している場面があるのですが、
 今時そのようなことをしている40代夫婦は、ほぼないように思いますし、
 幸之助の史枝に対する捨てぜりふ
 「誰のおかげでお前らは食っていけてるのかわかってるのか〜」は
 どうみても、団塊の世代までの感覚のような気がします。

 史枝は、一度は自分で稼いだお金で、
 学生時代にしていたフラメンコをまた練習したい、という
 健気な思いを胸にしまいつつ専業主婦をいているのですが、
 今時の40代半ばの専業主婦であれば、
 3世代住宅に住み、少なくともお金の苦労はない状況で、
 時間さえつくれば、フラメンコ教室くらいは行くであろうと思われます。

 さらに、今時の40代後半の管理職が言いそうもないセリフを、
 どうみても50代後半で定年を意識していそうな風貌である
 西村まさ彦が言うのもすごく変な感じがしますし、

 40代半ばの女性そのものの風貌の夏川結衣が、
 上記の健気な妻をとても上手に演じるので、
 これもまたすごく変な感じがします。

 本作は、俳優が醸し出す雰囲気と設定年齢のミスマッチが、
 前回にも増して変な感じなのです。

 私はこのミスマッチを批判しているわけでは全然なく、
 このミスマッチから生じる変な感じが、幸之助・史枝の夫婦喧嘩が、
 見ている側に他人ごととは思えない凄まじい迫力で迫ってくるのではないか、
 と率直に思って楽しんでいるわけです。

 とにかく、西村まさ彦は、
 鬼のような形相で、受け身の妻である夏川結衣を罵っており、
 会社勤めで人格が変わる恐ろしさをストレートにシリアスに演じています。

******

 周造は、相変わらず、青葉台の相応に高級な3世代住宅で、
 その日その日の行き当たりばったりの生活をしており、
 それ以外の社会的・政治的出来事にはほとんど関心がありません。

 実際、周造・富子は、2階のそれぞれの大きく贅沢なベッドで寝起きするのですが、
 周造は、朝は富子の隣で目覚めて、
 夜は1階の家族が集うソファで疲れて寝てしまうということが
 いちいち描かれます。

 人間、退職して5年以上過ぎれば、
 同じパターンで朝起きて夜寝る生活はうんざりするのではないかと思うのですが、
 周造は、毎週旧友の悪友とゴルフに行き、
 週に数回は近所の居酒屋で加代の接待を受け、
 日常の自分の生活スタイルは崩さず、生産性のない毎日を繰り返すことができる
 一種の狂人であるといえるのかもしれません。

 しかし、そういった日常は、史枝というスーパー専業主婦がいなくなることで
 幻想であったことが、本作後半の恒例の一族会議で明らかになります。

 その一族会議で、周造は、史枝がこのまま戻らなければ、
 この家を売って、自分達夫婦は介護施設に、
 幸之助は息子2人を引き取って小ぶりのマンションに、
 自分達夫婦の面倒を庄太夫婦に時々みてもらう、という
 金に飽かせた都合のよい、しかし、一族にとっては身も蓋もない
 シミュレーションを手短かにします。

 この周造のシミュレーションの内容は妙にリアルで、
 現代日本が、結局は高齢者介護のためのハードとシステムを相応に整備して、
 社会と繋がりを持たず、政治に興味のない周造でも、
 すらすらと説明できる程度に老人介護システムのある世の中になったことが
 当たり前のこととして、しかしあまりに荒涼とした景色として見る側に伝わります。

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 上記のミスマッチな感覚と、
 金と住宅と大家族があっても、一瞬先は身も蓋もない荒涼とした現実がある
 というリアルな感覚が充満する本作は、
 やはり、日本でもまれにみるブラック喜劇として、
 山田洋次監督の晩年の代表作であるといえるでしょう。
 
 ここに述べたような本作の変な感じが、
 山田洋次監督のお年では、妄想が相当に入っているせいとみるか、
 山田洋次監督と共同脚本の平松美恵子の計算づくの設定のせいとみるか、
 どちらであっても、とても面白い映画体験を提供してくれます。

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 西村まさ彦夏川結衣は、本作では主役ともいえますが、
 夏川結衣が、西村まさ彦とがっぷり四つの演技をしており、
 私としてはとても嬉しい。

 夏川結衣さんは、知性・愛嬌・和風・少し怖いをバランスよくもっている
 松竹の伝統を継承する美人女優と思います。

 TVドラマ『結婚できない男』(2006)は、顔とスタイルがいいことは周囲も認めるが、
 上から目線の究極のマイペース野郎である阿部寛が、あまりの嫌味ぶりに、
 3人のアラサー美女(夏川結衣、高島礼子、国仲涼子)に毛嫌いされながら、
 結局は3人から愛を告白されたあげく、母性溢れる夏川結衣の胸に飛び込むという、
 世にも贅沢な阿部寛だから許されるコメディでありました
 (私も、上から目線の究極のマイペースの部分だけは感情移入できました)。

 夏川結衣さんが何とも愛らしく美しかったです。

 また、映画『64-ロクヨン-』では、多くの演技派男優を向こうに回し、
 夏川結衣一人が女優として堂々と張り合っており、
 彼女の演技は強烈に印象に残りました。

******

 本作でも、次男の庄太が、嫁に来たばかりの史枝義姉さんは匂い立つ美しさだった、
 と述懐する場面がありますが、
 『結婚できない男』のさらに5年ほど前の夏川結衣さんのことを思い浮かべれば、
 まったくその通りであろうというものです。

 しかし、山田洋次監督は、史枝を、『男はつらいよ』のさくらのように美しく描かず、
 過去の美しさは庄太の述懐のみで見る側の想像力に委ね、
 40代半ばの覇気のないリアルな専業主婦として描きます。

 夏川結衣もそれに応え、むっちりと肉がついて体が重そうな、それでも、
 過去の美しさの片鱗は残っているという役作りををきっちりしています。

 史枝は長野の実家に帰るのですが、そこは家が存在するだけで親はすでに亡く、
 史枝は孤独であり、
 地元に残った友人の家族に歓迎されて、ようやく疲れた心が癒されます。

 『男はつらいよ』であれば、ここに寅さんが表れて、
 「お姐さん、何か悲しいことでもあったのかい?」
 と史枝に声をかけるところなのですが、
 『家族はつらいよ』ではもう寅さんがでてこないのでとても寂しい
 (本作は、寅さんの不在が如何に悲しいことなのかを感じさせる演出が
 随所に仕掛けられています)。

 そして、長野の山奥の凍てつくような雨の中、
 幸之助が東京から迎えにくるのですが、果たして、史枝は戻るのか。

 静かな人気のない家の中での、
 西村まさ彦と夏川結衣の二人だけのかけあいと、
 山田洋次監督の雨音が印象に残る演出によって、
 幸之助と史枝の気持ちが見る側に率直に伝わりとても感動的です。

 本作はそれだけで終わらせず、
 一族会議をしているエゴイスト家族の罵りあいを対比させて、
 本作のブラックぶりをさらに際立たせているように思います。。

******

 本作では、ネットと政治状況を話題にすることを意図的に避けています。

 今後、おそらくはネットと政治状況を絡めて、
 平田一族にさらにとんでもない大事件が起きることと思います。

 山田洋次監督がもう90歳に届こうかという最高齢のスタッフでありながら、
 スタッフ・キャストを含めて一番ダンディでかっこよく若々しいことに驚きます。

 あと10年はこのシリーズを続けて欲しいと念じております。
posted by Dausuke SHIBA at 15:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画