2019年08月04日

『熱海殺人事件・初演版』1973年の亡霊がよみがえるシュールな舞台

 昨年(1918年)の民藝の舞台『ペーパームーン』(紀伊國屋ホール)の
 大道具担当で頑張っていた広岡さんから(学ランの似合いそうな美少年です
 (リンク先の1枚目の指名手配写真ではなく2枚目のスナップ写真です))、
 「今度、共同演出する『熱海殺人事件』を青山の劇場で上演するので、
  是非来てくれ〜」とのメール連絡が来て、
 「ひょえ〜、広岡さん、ついに演出の夢叶ったんだ」とのことで、
 2019年8月2日(金)青山学院アスタジオでの夜の部に駆け付けました
 (その回のカンパの万札は私が入れたものです。札に名前書いてませんが)。

 ******(広岡さんのメールでの案内より)

『熱海殺人事件』https://twitter.com/tokyo56109
作 つかこうへい
演出 野月敦・広岡凡一

キャスト(ダブルキャスト)
木村伝兵衛……玉木葉輔 根本啓司
ハナ子…………木下紅葉 佐藤愛里奈
熊田留吉………邉拓耶  松塚道顕
大山金太郎……小河智裕 村田正純

スタッフ
演出   野月敦 広岡凡一
音響   藤川将太
照明   朝日一真
演出助手 村上和彌 下村りさ子 田中佑果 
舞台協力 岡山甫 
主催   青山学院大学国際政治経済学部狩野ゼミ

 ツイッターからちらしを引用させていただきました。
ちらし.jpg

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 『熱海殺人事件』は1973年に初上演されたつかこうへいの有名な舞台で、
 当時映画ばかりだった私は10年遅れで1986年公開の映画版は見たのですが、
 誰が主演でどのような物語であったか全くの忘却の彼方でした。

 こんな有名な舞台に、
 立ち上がったばかりの貧乏劇団が挑戦するのはいいとしても、
 著作権の処理は大丈夫かと心配したのですが、
 「貧乏劇団には無償で開放してくれてる」との広岡さんの説明を聞いて、
 安心すると共に、なるほど著作権の一つの活用の仕方として面白い、
 と妙に納得してしまいました。

《設定》
 本舞台の設定は以下の通りです。

 静岡県警の定年を間近に控えたベテラン刑事・木村伝兵衛が、
 富山県警から異動してきた若手の刑事・熊田留吉と、
 伝兵衛の同僚にして愛人の婦人警官・ハナ子と共に、
 海岸での愛人殺人の容疑者・大山金次郎を伝兵衛の執務室に呼び出して、
 伝兵衛・留吉・ハナ子のストーリー通りに自供させようと、
 あの手この手で大山をいたぶり尽くすという物語です。

 伝兵衛の執務室の一幕劇90分で、過酷かつ能天気ないたぶりを、
 執務室での尋問、海辺を舞台にした仮想ドラマ、映画撮影現場の見立てと、
 時折ミュージカル仕立で見せて、
 登場人物が体を張った動的な演技を展開する過程で、
 伝兵衛・留吉・ハナ子・大山の関係性が変わっていくことが
 観客に伝わってくるという仕掛けになっています。

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 1973年の初演版の脚本のまま、
 伝兵衛を演じる、とても定年間近には見えない若々しい玉木葉輔君、
 本人は舞台上の留吉よりもずっとハンサムな邉拓耶(ほとりたくや)君、
 1970年代の集団就職あがりの工員を彷彿とさせる小河智裕君、
 たぶん1970年代にはいなかった茶髪婦人警官を怪演した木下紅葉さんが、
 夥しい量の観念的なせりふの大空中戦を行い、
 舞台上の4人の精神が次第に入り混じってカオス状態になり、
 観客はそこに強引に巻き込まれていくという暑苦しい展開となります。

 酷暑の夜に、冷房が効いて寒いくらいの客席でしたが、
 3人の男優は顔から汗をを吹き出しながら熱演し、
 女優は何故か段々露出度の高い衣装になっていくという、
 サービスも行き届いた演出でありました。

《体感》
 つかこうへいの1973年の初演版の脚本をそのまま使用すれば、
 当然に、それは1970年代のカルチャーが色濃く反映され、
 大阪万博から5年後、学生運動が終焉し、エントロピーがピークを越えて、
 日本全体が経済の価値観に支配されだす入り口(現代日本の始まり)の時代
 「工員」「女工」「喫茶店」「海を見たい」等の
 当時既に死語となりつつあった言葉、
 集団就職あがりの雰囲気、「オールド」を飲む背伸び感覚、
 小道具としての煙草など、1970年代の風俗が物語の骨格を作っており、 
 1970年代を同時代感覚で生きた私は、
 染み付いている体感が呼び起こされました。

 その一方で、このような骨格をもつ初演版の脚本を、
 当時生まれてもいない若い演出家と俳優がそのまま再現すれば、
 彼らの現代の時代感覚が当然に融合されて、
 私の体感がとても変な感じに捻じ曲がるという、
 舞台ならではの不思議な体験をすることができました。

 それだけでも、本舞台を見た価値はあったと私は思っています。

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 伝兵衛の執務室で4人が出合い、次第に狂気に向かって走り出す段で、
 ようやく1986年に見た映画版『熱海殺人事件
 のことを少し思い出しました。

 映画版では伝兵衛を仲代達也が、留吉を風間杜夫が演じ、
 思い出せなかったのですが、後で調べると
 ハナ子は志穂美悦子(ちょっと胸キュンになります)が、
 大山は竹田高利(全く思い出せません)が演じていたようです。

 いつもの同じセリフ回しと表情でけっして上手とはいえない仲代達也と、
 地方出のもさっとした風体で切れまくる
 風間杜夫の刑事は思い出せたのですが、
 4人の掛け合いは全く思い出せませんでした。

《演出》

 著作権の関係で、せりふを始め内容を全くいじれないという制約の中で、
 共同演出の二人がこの脚本にどう向き合ったのかに興味があります。

 開き直って、余計な解釈を一切入れずに、
 若手俳優を使って忠実にこの脚本を舞台上に再現するというのも
 大いにありです。

 おそらく、失礼ながら今回の若手俳優では、
 脚本を舞台上に再現することだけでも相当に大変なことで、
 曲がりなりにも、最後まで再現しきっただけでも、
 「よく頑張った」という評価に値すると思います。

 結果として、若手俳優の演技と演出された物語は、
 観客を置いてきぼりにして完全に空回りするのですが、
 私はそのようなことを試みただけでも成果はあったと思います。

 こんな空回り舞台を見せられた観客は本当に戸惑ったと思います。

 しかしその戸惑いは舞台ならではのものであり、
 1970年代の生き証人たる私にとっては、
 21世紀もだいぶたった今頃になって悪夢のように
 1970年代に再会できたことがとても面白い舞台体験になりましたし、
 演出・俳優と同世代の若い観客にとっては、
 日本とは全く風俗の異なる(それにしてはやけに日本的な)
 翻案もののような舞台で強引に追体験させられたことが、
 ある種の快感であったかもしれません。

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 もし演出者が1970年代の風俗・文化に興味を持ったとすれば、
 私のように当時を体感的に理解することなど不可能ですから、
 1970年代を分析し尽くして、
 時代評として演出することも一つの向き合い方と思います。

 しかし、それをするには、
 相当の分析力と脚本の現代的なアレンジ力が必要で、
 今の彼らには手に余り、
 あまり面白い舞台にはならなかったかもしれません。

 ですから、若い演出家にとっては、
 つかこうへいを写経して忠実に再現した方が
 思わぬ効果が生じもし、将来への勉強になったとも言えます。 

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 ちょっと細かい上げ足だけとっておきます。

●大山が殺した愛人がブスであったことが判明した場面で、
 顔写真を出すことは不要ではなかったかと思います
 (それとも、これもつか脚本に指定されているのかな?)。

 舞台上でシチュエーションは十分に説明されているので、
 観客は愛人のブスさ加減を十分に想像でき、
 観客に心の中でブスさを極限まで想像させてあげた方が
 面白かったのではないかと思うからです
 (深キョン主演の『富豪刑事』で、
  深キョンの祖父(かっこいい夏八木勲)のライバルの因業じじい
 (筒井康隆)が若い頃憧れたお嬢様に振られたことを回想する場面があり、
  そのお嬢様が振り返ると・・・というお馬鹿ストーリーを思い出しました)。

●舞台上にホワイトボードがでてきて、
 ハナ子が、ときどきそこに何か書くのですが、
 このハナ子の作業はもう少し生かした方が良いと思いました。
 (照明がボードに反射して書いたことが見え難いというのも
  少し工夫が必要かと思います)。

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 凡一さんは、
 12月に『朗読劇 三四郎』で俳優として出演するとのことであり、
 私もこの舞台は観に行きますので、打上げのときにでも、
 凡一さんが『熱海殺人事件』にどう向き合って演出したかを、
 聞けること楽しみにしています。
posted by Dausuke SHIBA at 10:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・ライブ