2020年06月28日

『理科教育』を弁理士が考えてみた(その9)理科教育は愛と創意と工夫の精神を伝えるべきだ

 商品とサービスを顧客に提供する事業者は(大企業でも中小企業でも)、
 顧客の抱える課題を解決するための技術・システムを、
 知恵を振り絞り、創意と工夫と愛情を注いで開発し、
 常に愛情のこもった新しい商品・サービスを顧客に提供します。

 産業の意義とは、そのような事業者の事業活動の過程で、
 新たな技術・システムが生まれ(必要であれば知的財産権を取得して)、
 それらを組み込んだ新たな商品・サービスが普及して、
 その結果、国民と事業者の人生の豊かさが実現すると考える点にあります。

 翻って、政府のコロナ禍対策事業をみると、
 ●アベノマスク配布事業における、商品(マスク)及び顧客(国民)への、
  愛情の欠片もない単に「物」をばら撒くだけの
  (厚労省・経産省・総務省の官僚寄せ集めマスクチームの)事業者感覚、
 ●消毒液配布事業における、顧客ニーズを無視した、
  創意・工夫の欠片もない機械的作業感覚、
 ●持続化給付金事業における、ただひたすら委託を連鎖させて、
  国税から手数料を引き抜くという、
  何か新しいシステムを開発する知恵の欠片も見いだせない、
  自動引落感覚を見せつけられると、

 経産省が、実施事業(原発・クールジャパン・官製ファンド・コロナ禍対策事業・・・)の
 ほとんど全てで失敗する理由がよくわかり、
 経産省の事業に引き摺られる我が国の学術・技術・産業の水準が、
 絶望的なまでに低下してしまったことは必然と言わざるを得ません。

 持続化給付金事業では電通が話題になっていますが、
 ベネッセが話題になった民間による共通テスト問題で大混乱を招き、
 学術研究費を削り続けた文科省も、経産省と同罪です。

 ******

 アベノマスクは、布とゴムでできたマスクですが、
 布が合成繊維であったとしても、
 元を辿れば生物の堆積物(化石)が液化した石油を原料としているのですから、
 文科省の理科教育の理念からみれば「自然を愛する心情」に繋っており、
 その延長で「顧客(国民)・商品(マスク)を愛する心情」をもって、
 政府マスクチームの官僚達がアベノマスク配布事業に携われば、
 結果はまた違ったであろうし、
 学校関係者の戦前のままの思考停止もなかったのではないでしょうか。

 このような状況下で、経産省・文科省不要論が説得力をもつのも
 致し方ないように思います。

 理科教育は、教科間の縦割・縄張・蛸壺状態を解消し、
 合理的に暗記して理解して考えることができる教科体系の下で、
 児童・生徒に愛と創意と工夫の何たるかを追体験させて、
 児童・生徒が、
 日々ネット動画で見せつけられる政治家・官僚のようにならぬように
 育て上げるべきです。

■理科教育は愛と創意と工夫の精神を伝えるべきだ■

 村上先生の論文をきっかけに『理科教育』に理科ついて考えきましたが、
 教科として理科に直接関係しそうなことは(その1)〜(その6)で語り終え、
 前回の(その7)(その8)では番外編として、
 暗記を強いる教科体系は何とかならんのかと吠えてみました。
 『『理科教育』を弁理士が考えてみた(その1)
 『『理科教育』を弁理士が考えてみた(その2)』 
 『『理科教育』を弁理士が考えてみた(その3)算数で鶴亀算をきちんと教えるべきだ
 『『理科教育』を弁理士が考えてみた(その4)物理は数学で考えるべきだ
 『『理科教育』を弁理士が考えてみた(その5)化学は実学に徹すべきだ
 『『理科教育』を弁理士が考えてみた(その6)理科教育は『技術・家庭』を入口とすべきだ
 『『理科教育』を弁理士が考えてみた(その7)番外編:徒に暗記を強いる教科体系は見直されるべきだ
 『『理科教育』を弁理士が考えてみた(その8)番外編:体育はルールをきちんと教えるべきだ

 今回は、締めくくりに、村上先生による、
 愛と創意と工夫に溢れた理科教育の素晴らしい教材であり、
 特許発明でもある、〈気体分子運動論〉可視化装置についてお話をします。

●村上先生が博士号を取得した研究テーマ●
 私が広島大学理学部の修士課程に在籍していたときに、
 村上先輩は博士課程に在籍していていろいろと面倒をみていただきました。

 村上先輩が当時取り組んでいたのは、
 水溶液内で、色素が生体高分子にどのように吸着し脱着するかを、
 反応速度論的に解析するという地味な研究でした。

 この研究は以下の流れの中で進められます:
 @過去の文献といくつかの実験結果に基づき、
  生体高分子に対する色素の吸脱着機構を説明しうる
  素反応の組合せ(モデル)を仮定する;
 A色素と生体高分子の水溶液系の電導度、吸光度、誘電率・・・等の
  時間変化(動的物性)を計測する;
 B上記@の中から、
  上記Aの動的物性を説明できる最適な素反応の組合せを選択する;
 C上記Bで選択した最適な素反応の組合せを用いて、
  各素反応における反応速度定数kを決定する。

 このような村上先生の研究アプローチが、教育の分野で、
 実に斬新な教材を生み出す原動力になったのです。

●〈気体分子運動論〉可視化装置●
 村上先生が広島大学で理学博士号を取得した後に、
 山口大学教育学部で、理学とは全く異なる教育分野で、
 大学教員の道を歩まれたことは、
 私が企業勤めしていた頃に耳にしていましたが、
 村上先生とは、年賀状のやり取りをした以外は、
 ほとんどお付き合いがありませんでした。

 ところが、私が弁理士になってから、ひょんなことで、
 広島県周辺の知財状況を調査する機会があり、
 そのときに、懐かしい村上先生の勤務する山口大学を訪問して、
 20年ぶりに村上先輩と再会を果たしたのでした。

 村上先生は(学生の頃から老け切ってということもあり)、
 学生の頃と全く変わらず、
 にやにやっとしながら、柴君に面白いものをみせてあげる、
 と言いながら、〈気体分子運動論〉可視化装置を見せてくれたのです。

 〈気体分子運動論〉可視化装置の外観は、
 たくさんのスーパーボールが入ったただの木製の箱なのですが、
 底の突起を激しく振動させると、箱内で、
 スーパーボールがぽんぽこ、ぽんぽこ弾け飛ぶという
 訳の分からない代物で「何だこれは!?」というのが私の第一印象でした。

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 風船に詰められた気体の圧力P・温度T・体積Vが、
 気体状態方程式(PV=nRT)
 (ボイルの法則とシャルルの法則の組合せ)に従うことはおなじみです。

 ここで、気体は、
 微小な剛体球とみなされる気体分子で構成されていると仮定し、
 気体の温度Tを、
 n個の剛体球の運動エネルギーの平均値として計算すると
 気体状態方程式(PV=nRT)が理論的に導かれます。

 従って、気体状態方程式に従う気体は、
 多数の微小な剛体粒子が空気中で運動している状態であると
 イメージしてよいことになります。

 このような考え方を『気体分子運動論』と呼びます。

 ******

 実際には、気体の分子など誰も目で見た人はいないわけで、
 このようなあたかも見てきたような話を聞かされても、
 高校生が初めて聞いたときはなかなかピンときません。

 そこで、村上先生は、
 微小な剛体球(分子)を、弾力性の高いスーパーボールに置き換え、
 n個のスーパーボールを、大きな箱の突起のついた底に置き、
 底の突起を激しく往復運動させて、
 スーパーボールを箱の中で弾き飛ばしながら、
 スーパーボールが当たる箱の側壁に仕掛けた感圧センサーで、
 スーパーボールが当たった壁の圧力Pを測定し、
 スーパーボールの平均運動エネルギーを気体の温度T、
 箱の体積を気体の体積Vとして、

 箱の底の往復運動を一定にして、
 Vを変化させてPとVの関係をプロットし、
 圧力Pを一定にして、
 Vを変化させてTとVの関係をプロットしてみたのです。

 そうすると、何と、
 P∝1/V(ボイルの法則)とV∝T(シャルルの法則)
 が成立するというのです。

 これらが成立すれば、気体状態方程式PV=nRTが成立し、
 気体定数Rが計算できることになります。

 即ち、村上先生は、
 目に見えない気体分子の運動と、
 箱の中のスーパーボールの運動とが全く等価であることを、
 目に見える形で証明してくれたわけです。

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 最初にただの箱にしか見えなかったのですが、
 考え方と仕組みがわかった私には「Oh! My God!」でありました。

 これが箱の中身です(特許4552012号公報より)
気体分子運動論可視化モデル.jpg
 
 そして、村上先生が、
 〈気体分子運動論〉可視化装置を開発するにあたり行った、
 @気体分子運動論に基づくモデル(気体は微細剛体球の集合体)を仮定し、
 A上記@の仮定に基づけば、
  スーパーボール集合体も気体と同じ挙動をするはず、と考え、
  スーパーボールの集まりが示す物性(P、V、T)を測定し、
 B気体分子運動論に基づくモデルが、
  上記Aのスーパーボールの挙動を説明できることを示し、
 Cスーパーボール集合体の気体定数Rを求める、
 という一連の作業は、よく考えてみると、
 村上先生が学生の頃に行った研究アプローチと全く同じであり、
 三つ子の魂百までというか、自身の開発した手法に拘り続ける、
 一本筋の通ったぶれない学者魂(信念)に触れた思いでした。

●理科教育に愛と創意と工夫を●
 〈気体分子運動論〉可視化装置は、
 児童・生徒のために愛を込めて創意・工夫をした末に完成したものす。

 現状の理科教育では、ともすれば、上記@だけを授業すれば
 (授業内容を工夫するにしても@に留まる授業だけで)終わり、
 となりますが、〈気体分子運動論〉可視化装置は、
 上記Aの研究的思考を経由して、
 上記Bの技術・家庭の実技的要素を駆使して、
 研究における実験装置を自作して、研究的思考の検証を行うという、
 高度な研究プロセスを追体験できるだけでなく、
 実験装置を自作するという技術・家庭の創作的な面白さを伝え、
 温度・圧力という抽象的な熱力学的概念が、
 スーパーボールの弾け方を通して身体感覚で実感できる
 という点で、非常に優れた教材です。

 〈気体分子運動論〉可視化装置は、特許(特許4552012号)も取得しており
 物を作る創意・工夫を評価する知的財産権とどう関係しているかも、
 理科教育の過程で教えたり学んだりすることができるでしょう。

 〈気体分子運動論〉可視化装置を学術的に説明するとこのようになり↓
科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)研究成果報告書(H25-5-20)
 〈気体分子運動論〉可視化装置を特許的に説明するとこのようになります↓
特許4552012号公報
 これらをみると、学術と特許の観点の違いがわかり面白いと思います。

 〈気体分子運動論〉可視化装置を村上先生が生み出すことができたのは、
 理学研究から教育分野に転進したことで、
 現状の理科教育の縦割・縄張・蛸壺の教科体系に拘束されず、
 理学研究の自由な発想をストレートに教育に持ち込むことができた
 ためと思われます。

 これだけ面白い理科教材である〈気体分子運動論〉可視化装置は、
 残念ながら、中学・高校で普及しているという話が聞こえてきません。

 理科教育の関係者は、縦割・縄張・蛸壺活動をしていないで、
 〈気体分子運動論〉可視化装置の自由な発想を積極的に評価して、
 教材として取り入れて欲しいものです。

●おまけ●
 〈気体分子運動論〉可視化装置は、
 原子から高分子を含む分子が形成される過程の可視化装置としても機能します。

 この場合、原子は「手(原子価)の生えた質量の異なる微小な粒子」であるという、
 化学史の初期の原初的仮説に基づいて、以下のように装置を構成できます。
 
 1個のスーパーボールに磁石を1つ付けると、この磁石が原子価の役割をし、
 たくさんのスーパーボールが弾け飛ぶ中で、
 2個のスーパーボールが磁石で結合(原子と原子が結合して2原子分子を形成)
 するようになります。

 1個のスーパーボールに磁石を2つ付けると、
 たくさんのスーパーボールが弾け飛ぶ中で、
 スーパーボールが磁石を介して連鎖して結合して、
 長鎖のスーパーボール(原子が長く連鎖した高分子)を形成します。
ポリグリシンモデル.jpg
 (『科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)研究成果報告』より)

 スーパーボールに角度を変えてさらに複数の磁石を付けると、
 らせん状高分子やシート状オリゴマーなどの、
 複雑な生体高分子も形成できます。
高分子:らせん状高分子鎖.jpg
 らせん状高分子(『科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)研究成果報告』より)
高分子:シート状オリゴマー.jpg
 シート状オリゴマー(『科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)研究成果報告』より)

 これらの2原子分子や高分子鎖は、
 たくさんのスーパーボールが弾け飛ぶ中で、ある一瞬に形成され、
 他のスーパーボールの衝突で一瞬に崩壊したりしますが、
 スーパーボールの衝突が弱い、あるいは磁石の結合力が強い場合は、
 次第に安定に存在するようになります。

 地球の原始状態において、
 原子から分子が(さらに高分子が)形成され生命の誕生に至る、
 その最初の瞬間を見ることができたような感覚になります。
posted by Dausuke SHIBA at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育