2015年12月14日

私の散歩コースと「それぞれの漱石」

 夏目坂から早稲田大学にかけては私の散歩コースで、昨日(12/13)の午後も、ブログの記事でも書こうかと思い、大隈講堂の近くの喫茶店に散歩に出かけました。

 大隈講堂の入口をみたら「それぞれの漱石」という立看が目に入り、漱石関係の座談会でも聞けるかと思い「飛び込みで入れるか」と聞いたら「2階に上がってくれ」と言われ、有難いとに2階席に座ることができました(大隈講堂に2階があるとは知らず、これだけでも面白い体験でした)。

 最初は何の催しかわからなかったのですが、手渡されたパンフレットを見たら、新宿区主催、朝日新聞・紀伊国屋書店共催の漱石生誕150年の記念事業の一環ということでありました。

 私が席に着いたときは、ちょうど、全国の小中高生から募集した漱石作品の感想文と絵画の表彰式で、吉住新宿区長が、入賞者に賞状を渡しているところでした。
 吉住区長ご本人を見るのは初めてでしたが、背が高く、姿勢がよく、声がよく通るなかなかの男前でした。
 賞状を受け取る生徒たちも、こんな子が身内にいたら、と思うような賢そうな子ばかり。
 但し、20人余りの受賞者中、男の子はわずか二人で、漱石を読んで感想文を書くのは、男の子には難題かと、やや将来を憂えてしまいました。

 このあと、嵐山光三郎さん(懐かしい。ご健在だったのですね)の楽しい感想文の講評がありました。

 私も高校のときに、あのドキュメンタリータッチの異色作(ですが退屈極まる)「抗夫」を含めて夏目漱石はだいたい読んでいたので、好きでもあり大学受験で大変に役立ったのですが、それきり読んでおらず、嵐山光三郎さんが、「吾輩は猫である」のラストの部分で高校生がよくこんなところに着眼したと褒められたのを聞いて、何十年ぶりかでその場面が脳裏に蘇り、人間の記憶とは面白いものだと思いました(しかし、Wordはなんでかな漢字変換で「抗夫」が出ず「工夫」しかないのか???)

 私の知り合いのベテラン行政書士で漱石演劇団を主催する天辰先生が、今年は「こころ」に取り組まれており、この日も来ているに違いないと思い休憩時間に振り返ったら、案の定トイレに行かれるところをお見かけしご挨拶しました。

 第2部は、イッセー尾形の漱石文学をネタにしたオムニバスの独り芝居でした。
 オムニバスの最初の一篇が、おそらくはジュールベルヌの「地底旅行」をベースに、「抗夫」になって地底旅行の入口があるアイスランドから地底に潜るという、なんともシュールな落語調独り芝居でした。
 噂に聞いていたイッセー尾形の独り芝居を、こんなところで見ることができるとは思いもよらず、日曜日の昼下がり、何とも得をした気分になりました。

 天辰先生は、漱石演劇団で共に活動しているこれまた2枚目のプロパフォーマーの関井君と一緒で、帰りは、三人で、夏目坂の焼き鳥屋に直行し、そのまま忘年会となり楽しい時間を過ごさせていただきました。

 ここのところ、20代の若い方と話しをする機会がなかったのですが、この日は、関井君が教科書で習ったという田中角栄以降の現代史、関井君に影響を与えているゴジラ以降の現代サブカルチャー史など、生き証人として酔っ払いながらの与太話をさせていただきました。

 天辰先生のお孫さんのような世代で、ああ、こういう方が次の時代を担っていくのかと、私もいよいよお呼びでない世代になることを実感し、感慨深いものがあった年末の一日でありました。
タグ:夏目漱石
posted by Dausuke SHIBA at 09:41| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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