2017年03月20日

TV時代劇ベスト10(第1位)

 いよいよ、今回は、第1位を報告します。

第1位 『素浪人 月影兵庫』(1965〜1968)

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〔月影兵庫と花山大吉〕

 『素浪人 月影兵庫』は、
 戦後最高の剣豪スターである近衛十四郎の晩年を飾る代表作であり、
 二枚目時代劇俳優である品川隆二の名を後世に残すであろう、
 TV時代劇を超えてTVドラマ史上に「伝説」として輝く傑作です。

 ここであえて「伝説」というのには理由があります。

 『素浪人 月影兵庫』(1965〜1968年)が放映され、その最終回の次の週に、
 主演・スタッフ・ストーリーがほぼ瓜二つの
 『素浪人 花山大吉』(1969〜1970年)が放映され、
 ネット上で、ある年齢層の多くのファンが、この2つのドラマに熱く言及しています。

 しかし、実際は、カラーの『素浪人 花山大吉』をリアルタイムで見た方が多く、
 その前にもよく似たモノクロの『素浪人 月影兵庫』が放映されていたらしいが、
 残念ながら記憶がない、と『素浪人 月影兵庫』を伝説的に語る方が多いのです
 (本体ブログの投稿者であるMr. RollinとMs. Cendrillonもその世代)。

 君たち、ほんの少し遅く生まれた不幸を呪いたまえ。

 ここに大きな優越感をもって言わせていただきますが、
 ネット上で皆様が懐かしく褒めちぎっているように
 『素浪人 花山大吉』は稀代の傑作TV時代劇と思いますが、
 『素浪人 月影兵庫』をリアルタイムで見た私にとっては、
 『素浪人 月影兵庫』の方がもっと面白かった!

 衛星放送やケーブルTVで何度も放送され、
 そのたびに新たなファンが生まれるのも当然と思います。

〔近衛十四郎と品川隆二〕


 時代劇は、我が国における映画の発祥以来、
 日本映画の一大潮流として今に至っているのですが、
 映画産業が凋落する1960年代までは、
 歌舞伎界に何らかの由来をもつスターが幅をきかせており、
 歌舞伎界とは縁もゆかりもない近衛十四郎は、
 戦前戦後を通じて不遇をかこつ時代が長く続きました。

 一方で、近衛の殺陣捌きは、
 戦前からの時代劇の大スターを凌駕し他の追随を許さず、
 三船敏郎と並ぶ戦後最高の剣豪スターとして高く評価されていました。

 近衛は、その群を抜く殺陣捌きが評価されたにもかかわらず、
 格下の映画会社のモノクロ時代劇でしか主演ができず、
 ついに時代劇の象徴たる東映時代劇において主役を張ることができませんでした。

 しかし、近衛が演じた 『柳生武芸帳シリーズ』、 中でも、
 大友柳太郎と死闘を演じた『十兵衛暗殺剣』を代表とする多くのモノクロ時代劇は、
 アクション映画として極めて質が高く、今見ても全く古さを感じません。

 近衛自身、脇役に回った場合ですら、
 あの座頭市の勝新よりも強くみえた『座頭市血煙り街道』のように
 ドラマ全体を引き締めることができた稀有の存在でした。

 近衛十四郎については、永田哲明の名著『殺陣 チャンバラ映画史』(現代教養文庫)
 に詳しいので、私に騙されたと思って死ぬまでに是非一読することをお奨めします。

 そして、品川隆二も、映画界では近衛とほぼ同時期に、
 やはり格下映画会社の若手の二枚目時代劇スターとして、
 多くのモノクロ時代劇で近衛と共演していたのでした。

 ******

 TVドラマの黎明期には、近衛十四郎や品川隆二のような、
 二線級といわれた多くの時代劇俳優、監督、脚本家が、
 斜陽の映画界に見切りをつけ、新天地であるTV時代劇に活躍の場を移しました。

 近衛十四郎は50歳にしてTV版『柳生武芸帳』の主演を、
 品川隆二は30歳過ぎでTV版『忍びの者』の主演をして後、
 1965年、TV時代劇『素浪人 月影兵庫』において、
 近衛十四郎演じる「月影兵庫」と、品川隆二演じる「焼津の半次」として、
 私は運命的な出会いをするのでした。

〔ドラマの面白さ〕


 『素浪人 月影兵庫』を最初に見たときの印象は、
 なんと真面目で面白くないチャンバラ映画なのだ、というもので、
 当然に真剣に見てはいませんでした。

 子供向け(といっても大人の視聴にも耐えた)『隠密剣士』に熱中した後なので
 なおさらでした。

 第1シリーズは、平日の夜8時から放映されており、いつ終了したかも定かではなく、
 第2シリーズが、土曜日(まだ、休日ではなく半ドン日でしたが)の夜8時から
 放映されたのも気が付かなかったほどでした。

 それが、土曜日の夜10時30分から始まった
 『スパイ大作戦』第1シリーズを見るまでの時間潰しに、
 夜8時からの『素浪人月影兵庫』でも見てみるかと思ってたまたま見たら、
 何と、あのくそ真面目な本格時代劇が、
 底が抜けたようなおバカ珍道中ものに様変わりしていたのでした。

 ******

 私が見たのは、おそらく第2シリーズが始まって数か月たってからですが、
 何の目的で旅をしているかもわからない素浪人で、
 酒を呑むことだけが楽しみの月影の旦那と、何故かその月影の旦那が好きで、
 博打で稼いだ金を月影の旦那の酒代に貢ぎ続ける焼津の半次との珍道中設定
 が既に固まっておりました。

 二人は、立ち寄った宿場で必ず事件に巻き込まれ、その事件も、
 いたいけな町娘か、わけありの年増美女が、
 その土地のやくざか代官に絡まれるというワンパターン。

 ヒョンなことから事件に関わった二人が、やくざを全て成敗した後、
 月影の旦那がやくざの用心棒(天津敏とか戸上城太郎とか、ど迫力満点)
 を一騎打ちの末に倒して一件落着、
 また次の旅にでるというマンネリも極まれるストーリーでした。

 この時間帯の遥か後の後継番組が、
 大マンネリ時代劇『暴れん坊将軍』であることを思えば、
 この時にマンネリ時代劇の伝統はしっかり築かれていたことになります。

 なお、『素浪人 月影兵庫』『素浪人 花山大吉』を通じて、
 各話のサブタイトルが『〇〇が△△していた』のスタイルで統一されていたのも
 毎度のお楽しみで、おバカぶりが徹底されていたともいえます。

 このサブタイトルは、『素浪人 花山大吉』になってからますます冴えわたり、
 私が一番好きでサブタイトルだけでお腹がよじれたのは「渦まで左に巻いていた」
 でありました。

 ******

 『素浪人 月影兵庫』が、おバカ珍道中ものだけで100話以上制作され、
 最終回にいたるまでワンパターンを貫いたにも関わらず面白かったのは、
 いろいろと理由があります。

 最大の要素は、月影の旦那と焼津の半次の、
 おそらく映画・テレビのコメディ・バラエティ史上空前絶後の底抜け罵り合いの場面
 にあります。

 月影の旦那の酒の呑み方は決して上品ではなく、
 呑めば呑むほど意地汚く下品になり、
 それも半次の懐を鼻からあてにしてのことなので、
 半次も絶えず堪忍袋の緒を切らして、月影の旦那を罵ります。

 半次も、女に見境がなく、事件のからくりなどはサッパリなので、
 月影の旦那に『この馬鹿たれが!』と常に罵られており、
 あれだけ罵られれば切れるのが当然で、「この旦那野郎が、言わせておけば!」と
 月影の旦那が毛嫌いする猫をなすりつけて逆襲するのですが、
 多くの場合、半次の毛嫌いする蜘蛛が目の前に現れて気絶しそうになり、
 蜘蛛を手づかみする月影の旦那からさらに「ちっ、しょうがねえ奴だなあ」と、
 軽蔑丸出しに諌められる、というやりとりを延々と繰り返します。

 酷いときには、この罵り合いが、
 ドラマが始まってから30分以上続いたりするのですが、
 月影の旦那は正義漢溢れる剣の使い手で、
 最後は一瞬にして正気に戻って敵を一刀両断、
 半次も曲がったことが大嫌いで反りのない真っ直ぐ刀を抜いて、
 結構やくざよりも強かったりします。

 このような空前絶後の底抜けおバカシチュエーションと、
 迫力満点の正統チャンバラシーンの落差の大きさが、
 何ともいえないカタルシスになっていたのだと思います。

 このようなカタルシスに結びつく大きな落差は、
 時代劇俳優として高度な技術に裏打ちされた演技力と、
 それを全て破壊するほどの飛び切ったコメディセンスに裏打ちされた
 演技力が兼ね備わっていることが必要不可欠ですが、
 二人が共にそれを持っていたというのは奇跡的なことです。

 ******

 『素浪人 月影兵庫』では、映画時代の正当な剣豪スターと、
 正当な二枚目時代劇スターの雰囲気が色濃く残っており、
 その二人がいったい、どうしたらこうなるの!?という落差の大きい面白さがあります。

 当初から底抜けおバカシチュエーションが組み込まれていた
 『素浪人 花山大吉』では、
 その落差が希薄になってしまっていた、ということになります。

 『素浪人 月影兵庫』では、確か、
 月影兵庫は焼津の半次を「半次!」と気安く呼び、
 半次は月影兵庫を「月影の旦那」又は切れたときでも「この旦那野郎が!」
 と若干の敬意をもって呼んでおり、二人の愛ある親密ぶりが伝わったのですが、

 『素浪人 花山大吉』では、一応、月影兵庫とは別人物という設定であったため、
 花山大吉が焼津の半次を「焼津の!」とやや敬意をもって呼び、
 半次の方が花山大吉を「このおから野郎!」と言い捨てる場合が多く、
 若干の距離を置いた間柄であったことも、
 ちょっとだけ水臭いようで一抹の寂しさを感じたものです。

 なお、一応説明しておきますが、
 月影兵庫が酒に意地汚かったのに対して、
 花山大吉は「おから」無しでは酒が飲めないほど「おから」好きで、
 その食べ方がこれ以上なく下品なので、
 あきれた焼津の半次が「このおから野郎!」と罵るのが常であったのでした。

 『素浪人 月影兵庫』の最終回は、
 月影兵庫が実は家老の息子で、国に帰らなければならないことが
 何故か番組が終わる直前に知らされ、突然に訪れた月影の旦那との永久の別れに、
 半次が悲しみのあまり河原で号泣するという切ない場面で終わっています。

 私も思わずもらい泣きしてしまいました
 (次週から『素浪人 花山大吉』が始まることは勿論承知していたのですが)。

〔時代背景〕

 『素浪人 月影兵庫』の始まった1960年代後半、
 我が国は、映画産業は斜陽でしたが、TV業界が、
 TV時代劇の黎明期から全盛時代への移行期にあたったばかりでなく、
 『鉄腕アトム』に始まる質の高いSFアニメが次々と制作され、
 ビートルズに始まる欧米ポップスと、
 いしだあゆみ、森進一、ブルーコメッツ等に始まる歌謡曲・グループサウンズとが
 黄金時代に移行する時期でもありました。

 ベトナム戦争、公害、大学紛争・・・と問題は多かったのですが、
 我が国は、それでも、高度経済成長の波に乗り、東京オリンピック〜大阪万博と続く、
 明日は今日よりも良くなるはずであることを素直に信じられる、
 世界史をみても稀有な時代を迎えていたと思います。

 1967年のある土曜日の我が家の夜のテレビの時間割は以下の通りでした:

  7:00  『悟空の大冒険』(4年続いた『鉄腕アトム』の後継アニメ)
  7:30  『グーチョキパー』(和製ホームコメディ)
  8:00  『素浪人 月影兵庫』(第2シリーズ)
  9:00  『かわいい魔女ジニー』(米国製ホームコメディ)
  9:30  『土曜劇場』(良質なホームドラマ、後に『キイ・ハンター』に乗り換え))
 10:30  『スパイ大作戦』(第1シリーズ)

 当時、日本はまだまだ高度経済成長時代の真只中にあり、
 私の父もエコノミックアニマルといわれた世代でしたが、
 夜8時には茶の間にいて、家族とTVを囲んでチャンネル争いをしていたものです。

 北島三郎が、『函館の女』もまだ耳に新しい、あの高らかな澄んだ声で、
 
 ♪ は〜な追い風が吹いていた、し〜ろい雲が呼んでいた、
 ♪ うわさ訪ねて来た町は、真っ赤な渦が巻いていた、
 ♪ ま〜え触れなしにく〜る男、ろ〜にん一人、旅をゆ〜く

 と歌い上げる主題歌『浪人独り旅』を背景に、
 オープニングの月影兵庫の殺陣が始まると、気持ちが引き締まったものですが、
 その後に続く下品極まるおバカやりとりに、家族揃って笑い転げ、

 我が家は、世にもおめでたい時間を過ごしたのでした。

 その後に『スパイ大作戦』、明日は『ウルトラマン』が控えており、
 お楽しみはこれからであったTVドラマ黄金時代の開幕です。

 ******

 今、ネットで『素浪人 月影兵庫』と『素浪人 花山大吉』を語る方々が、
 その楽しさを懐かしむことはあっても、
 「いくらなんでもあれは下らなすぎてどうしようもない番組だった」
 などとネガティブに評価するのを読んだことがありません。

 おそらく、当時、日本中の多くの家庭で、
 あのおめでたくも幸せな時間を共有していたのだと思います。

 また、月影兵庫の酒の呑み方や、花山大吉のおからの食べ方がいくら下品で、、
 二人の罵り合いが、今では放送できないであろう言葉でなされていても、
 愛すべき俗物ぶりを楽しめることはあっても、あのおバカシチュエーションに、
 生理的嫌悪感を催したり、毒々しい差別感情を感じたりするようなことは
 なかったと思います。

 二人の主演俳優の叩き上げらしい誠実さと、
 本来は『新撰組血風録』『俺は用心棒』等のシリアスなドラマで知られる
 結束信二の脚本が、ドラマの品格を担保していたといえるでしょう。

〔素浪人シリーズは再現できるか〕

 『素浪人 月影兵庫』『素浪人 花山大吉』は、戦後の日本の社会状況の中で、
 様々な日本人の才能が奇跡のような出会いをして初めて生み出しえた、
 あまりにもTV的なドラマであり、TV時代劇ベスト10の2位以下のドラマが、
 オーソドックスな文学・映画の文脈の中でいかに優れていても、
 到達することができない時代の産物であったように思います。

 ましてや、現代の俳優とスタッフで制作することは絶望的なように思います。

 一方、従来は、
 品川隆二以外に「焼津の半次」を演じることができる俳優はありえない、
 といわれたものですが、
 私は、今であれば、片岡愛之助に可能性があるように思います。

 その代わりに、あれだけ多かった時代劇俳優がいなくなってしまい、
 今度は「月影兵庫」を演じることができる俳優が思いつきません。

 貫禄ある中年のおっさんで、酒を呑むと果てしなくだらしなくなるが、
 いざとなると剣の達人って、誰をイメージすればいいのでしょうか?

 北大路欣也がもう少し若かったら・・・。

 歌舞伎の坂東三津五郎さんであれば、と思いましたが、亡くなってしまったし・・・。

 今の中堅の時代劇・アクション俳優はかっこよすぎて、
 中年のおっさん要件をなかなか満たせないように思います。

 例えば、真田広之や渡辺謙あたりが、
 年齢と殺陣の実力の観点ではピッタリなのですが、
 いかんせん、かっこよすぎます。

 強いて挙げれば、2017年現在で、
 NHK金曜時代劇『はんなり菊太郎』で好演した内藤剛志はどうでしょうか。

 内藤剛志は風格があり(183cm)、殺陣はまずまず、豪放磊落で、
 年齢(61)も片岡愛之助(44)と合うように思います。

 片岡愛之助版「焼津の半次」は、若干おねえがかるので、
 内藤剛志版「月影兵庫」に惚れていながら、
 いい男がいるとそちらにすぐ浮気するような設定かな?
 と暇に任せていろいろと妄想しています。

 ******

 実は、最近、DVDで若村麻由美主演『夜桜お染』(2003)を見る機会があり、
 若村麻由美の美しさにボーっとなって見ていたのですが、
 ここで、何と、内藤剛志と片岡愛之助が共演しているのです。

 やはりイメージ通りというか、まだ真面目時代劇であった頃の、
 月影兵庫と焼津の半次を彷彿とする組合せであることが嬉しかったです。

 『夜桜お染』は、愛すべき埋もれた時代劇の傑作で、
 また稿を改めて報告したいと思います。

******

 何はともあれ、焼き直しではありましたが、
 無事『TV時代劇ベスト10』が完結しましたので、最後に、
 ベスト10一覧表を付して、幕締めとします。

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posted by Dausuke SHIBA at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | TVドラマ
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