2017年11月05日

『天の方舟』不競法改正の裏で奏でられた大人のドラマ

 毎日が月曜日状態が続いていますが、
 毎週末にTUTAYAでDVDの旧作をまとめて借りて、
 晩酌しながらドラマを見るのが至福のときになっています。

 2000年代に入ってからの我国のTVドラマは面白いものが多いですが、
 WOWOWの一連のドラマ群の質が高く最近はよく見ています。

 中でも三上博史版『下町ロケット』(2011)は、
 特許騒動がテーマのど真ん中であるだけでなく、
 三上博史の佃社長が思索的で渋く、
 原作では男性の神谷弁護士を寺島しのぶに演じさせるなど、
 ドラマのアレンジとしては、私は、WOWOWの三上博史版の方を、
 剛速球なるも色気の乏しいTBSの阿部寛版よりも買っています。

 最近も地熱発電をテーマにした『マグマ』(2012)が面白く、
 主人公のハゲタカファンドの敏腕マネージャーである尾野真千子が、
 生涯を地熱発電に賭ける熱血の研究所長である長塚京三と仕事を共にするうちに、、
 研究の夢絶たれ若くして亡くなった自分の父親に重ねて見るようになり、
 その長塚京三の夢を継いで地熱発電の実現に渾身傾けるという、
 何とも、長塚京三がかっこよすぎて自分に重ねてみてしまい
 心地よくなってしまうという内容でした。

******

 今回の『天の方舟』(2012)は、予備知識が全くなく、
 WOWOWのドラマという理由だけで借りたのですが、

 なかなか見ごたえのある大人のドラマというだけでなく、
 何と不正競争防止法(不競法)の改正の裏を知ることができたという意味で、
 弁理士が見ると倍楽しめるものでありました。

《ストーリー》

 黒谷七波(水野美紀)は新潟の個人農家の娘として育つが、
 父親が地震の被害で農業経営に行き詰って自殺するという暗い過去をもつ。

 しかし、七波は頭がよく東京大学に進み、
 開発途上国の政府開発援助(ODA)に興味を持ち、
 ODAが開発途上国の役人と日本の商社・ゼネコンとの間で
 賄賂だけで動いてく汚職まみれの裏の仕組を知るようになり、
 貧しさから抜け出すために、自らその汚職の世界に飛び込んでいく。

 七波は、最初は学費を稼ぐために夜の商売でホステスをしていたのだが、
 ある日、ODAに群がるある建設会社の腕利きの重役である宮里一樹(伊原剛志)
 と互いに惹かれあい、抜き差しならぬ関係になると共に、
 宮里の手引きにより、その建設会社と開発途上国を結び付けるための
 コンサルティング会社に就職する。

 七波と宮里は、男と女の関係を続けながら、
 ODAを介して利用しあう会社の中心人物として裏の世界に突き進むが・・・。

 東南アジアに大ロケーションを敢行しています。

《伊原剛志》


 二人のドロドロの関係と裏稼業はやがて破滅に突き進むわけですが、
 伊原剛志がかっこいいです。

 伊原剛志は、夏八木勲を引き継ぐ、日本では数少ない硬派のアクションスターで、
 時代劇から現代劇のアクション映画を始め、
 シリアスからコミカルまで硬軟自在の役をこなせる演技派でもあります。

 そういう伊原剛志が、今回は、裏の世界で有能なるも影があり、
 その影に女が引きずり込まれるのも仕方ない、
 という宮里一樹にドンズバリ嵌っていて、かっこよすぎます。

 夏八木勲は、かつては映画の時代劇でニヒルな浪人役などピッタリで、
 アクションスターとして時代劇での雄姿をもっと観たかったのですが、
 時代劇が斜陽になると共に、誰も演じさせなかったのが、
 本当に勿体なくも残念でした。

 伊原剛志はまだまだ若いのですから、
 例えば、役所広司の体がまだ動くうちに、
 二人の対決をクライマックスにした時代劇を誰かつくらんか!
 (伊原剛志=拝一刀(子連れ狼)、役所広司=柳生烈堂)

 なお、水野美紀は、おかっぱ頭の眼鏡をかけた田舎娘東大生が
 夜になって、眼鏡をとってメークをきめて、ドレスアップすると
 とんでもない美女になるという美味しい役にも拘わらず、
 ちょっと地味な顔立ちで損をしています。

 伊原剛志が相手役だから、
 『黒革の手帳』でならした米倉涼子クラスでもよかったのではないかと思います。

《不競法改正との関係》


 このドラマの時代設定は、
 私が弁理士の受検勉強をしていた2003年(平成15年)頃であるはずです。

 当時、私が不競法を勉強するのに読んでいた
 「逐条解説 不正競争防止法(平成15年改正版)」がまだ手元にあり、
 この機会に、ほぼ10年ぶりに見返してみました。

 そうしたら、平成13年改正の説明として
 「外国公務員等に対する不正の利益供与等の禁止を処罰の対象とした
  平成10年改正後、OECD(経済協力開発機構)による
  日本の条約実施法の審査や加盟各国の同実施法の制定の進展等を踏まえ、
  犯罪構成要件の国際的調和を図り、条約のより効果的な実施を図る観点から、
  外国公務員等に対する不正の利益供与等の禁止規定に関する一部改正を
  行った。」
 と書かれています。

 ドラマでは、
 従来の不競法の規定がザルで、ODAでの賄賂まみれの日本の業者が、
 米国企業を押しのけて契約を取りに来るのに業を煮やした米国が、
 不競法の改正を我国に迫り圧力をかけてきた中で、
 七波と黒崎が以前のようにうまく立ち回れずに追い詰められていく、
 ということになっていました。

 私が、不競法を勉強していた当時は、
 「外国公務員等」のイメージが全く湧いておらず、
 『007』シリーズや『スパイ大作戦』にでてくる
 共産圏の某国の黒ずくめの高級官僚を思い描いていていたのですが、
 実際はODA絡みの東南アジアの開発途上国の公務員が対象だったことが
 このドラマを見てようやくわかった次第です。

 平成28年度の最新の不競法では第18条が関連します。

 弁理士試験には出題されそうにない条文内容ですが、
 知財法がドラマの内容に直結していて生きた法律が学べるという観点で、
 弁理士受験生は見ておいてもよく、
 弁理士をされている方々も、知財絡みの大人のドラマでもたまには見て、
 世界を広くしておくというのも良いと思います。

******

 しかし、弁理士がこのドラマにでてくる会社のコンサル顧問などをして、
 不競法18条関係を考慮して契約書を作成する業務などに深入りする場合は、
 いつか南シナ海に浮かぶことにもなりかねないことは
 覚悟する必要がありそうです。
posted by Dausuke SHIBA at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | TVドラマ

2017年07月16日

TVドラマベスト10(第7位)

第7位 『白い巨塔』(1967)

第7位.jpg

 当時子供であった小生は田宮二郎の映画版は見ておらず、
 このモノクロフィルムのTVドラマ版『白い巨塔』のイメージが
 刻み込まれてしまいました。

 もともと悪役が多かった演技派の佐藤慶の財前五郎は、
 医学部の教授になるために患者をも踏台とする脂ぎった権力の信奉者で、、
 根上淳が演じる正義の里見先生と対象的で、
 悪の匂いが充満した迫力があり、子供ながらに怖かったものです。

 財前五郎を疎ましく思う上司の東教授を山形勲、
 その妻を小暮美千代、その娘を村松英子(とても美しい)、
 財前五郎の教授昇進を阻止するため色々と画策し、
 それはそれで財前五郎に引けをとらぬ俗物医師たちである、
 鵜飼教授を河津清三郎、菊川教授を南原宏治、
 財前五郎の義父の産婦人科院長を小池朝雄と、

 今みればそうそうたる役者陣ですが、
 当時の映画界では悪役専門の脇役ばかりの二線級キャスト、
 それも片岡千恵蔵、市川歌右衛門、大川橋蔵に叩斬られる、
 時代劇の悪代官と悪女ばかりであったと思います。

 しかし、さすがに映画俳優、
 TVのフレームでは俗悪が思い切りはみ出しておりました。

******

 この『白い巨塔』は、財前五郎が医療裁判に勝つまでが描かれており、
 悪が勝ち、正義が負けるという不条理を知り,
 何とも暗い気分になりましたが、社会勉強になりました。

 阪大医学部がモデルといわれており、
 教授を頂点とする絶対的なヒエラルキーの大学医局制度の中で、
 権力闘争に明け暮れ、これでよく普段の診療ができると思いましたが、
 大人の世界の異様な毒々しいエネルギーに圧倒されたものです。

 その後観た田宮二郎の映画版『白い巨塔』(1966)も素晴らしく
 (山本薩夫監督なので当然ですが)、小生にとっては、
 財前五郎は佐藤慶と田宮二郎の迫力が印象に残りすぎてしまい、
 村上弘明君と唐沢寿明君の財前五郎では、
 なぜか笑いがこみ上げてしまい、食指が動きませんでした。

 『白い巨塔』は、山崎豊子の原作小説と、
 佐藤慶・田宮二郎版のTV・映画の完成度が高く、
 四半世紀以上経た時代にリメイクしようとしても、そのまま描くしかなく、
 そうなると時代錯誤と役者の軽量ばかり目立つ、ということになると思います。

 黒澤・三船・仲代の『天国と地獄』(1963)をリメイクした
 鶴橋・佐藤・杏の『天国と地獄』(2007)も無惨でした(杏がでてたんですね)。

 その医局制度が崩壊した現代医療の世界に颯爽と現れたのが、
 『ドクターX』でした。

 『ドクターX』のオープニング・ナレーションは、
 『白い巨頭』の正当な後継者であることを自負しているようです。

******

 今回、この記事を書くにあたり、監督を調べたところ、
 何とも不思議な縁を見出してしまいました。

 監督の関川秀夫は、ウィキペディアによると、
 東宝の前身会社PCLで黒澤明と同期の助監督になって以降、
 東宝、東映、独立プロ、松竹を渡り歩いた一匹オオカミの筋金入りで、
 節操があるのかないのか、社会派・ドキュメンタリーを基軸として、
 『少年探偵団シリーズ』(1950年代)等の娯楽映画も多く、
 TVドラマ『あゝ同期の桜』『白い巨頭』の後に、
 エロ・グロ耽美系の映画『いれずみ無惨』を経て、、
 映画『超高層のあけぼの』(1969)を撮っています。

 この『超高層のあけぼの』は、
 日本で最初の超高層ビルである霞が関ビルの完成における、
 関係者の苦闘を描いた、
 今でいえばスカイツリーの建造物語のようなドラマでした。

 関係者を、
 池部良、木村功、丹波哲郎、平幹二朗、佐久間良子、新珠三千代、
 田村正和、佐野周二、中村伸郎、根上淳・・・
 って、おいおいおい、今では考えられないであろう
 豪華キャストが演じていました。
 
 上記の俳優のファンであった父に連れていかれ、しぶしぶ見たのですが、
 これが『下町ロケット』のような、
 地震国である日本で超高層建造物を最先端技術を駆使して作り上げようという
 技術者たちの知恵と努力を真っ直ぐに描いたドラマで、
 すっかり感動してしまいました。

 なにしろ、パソコンもインターネットもなく、
 国産の超大型コンピュータで、パンチカードと紙テープで情報の入出力をしていたのが
 最先端技術の象徴であった時代ですが、
 それを縦横に駆使して妥協を許さない技術者と、
 難しい決断を迫られる経営者との葛藤に、
 手に汗を握り、霞が関ビルの完成を共に祝うことができたのでした。

 築43年で東北大震災を受けた後、築50年を迎える霞が関ビルは
 まるで最近建造されたばかりのような美しい姿ですよね。

 我が国の技術力の高さは素晴らしいと率直に思います。

 というわけで、小生は、関川秀夫監督の『超高層のあけぼの』を観たおかげで、
 理科系の道を歩み、建築とは全く畑違いですが、
 化学分野で研究開発をし、少し道を踏み外して弁理士となりました。

 関川秀夫監督とはとても不思議な縁で結ばれていたということになります。
posted by Dausuke SHIBA at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | TVドラマ

2017年07月01日

TVドラマベスト10(第10〜8位)

 前回、野際陽子さんの訃報に接して、追悼の意を込めて
 第5位を報告したのですが、今回はオーソドックスに、
 第10〜8位を紹介します。

 現代劇たるTVドラマは、
 テレビ時代劇に比べて、近年著しく短命化し、圧倒的に本数が多く、
 とても全貌など追うことなどできるはずがなく、
 暇だけはあった1970年代までの記憶が強く残っています。

 1980年代以降は、テレビ自体をあまり見なくなったのですが、
 たまに偶然みた作品が良かった、というよりは、時間がない中、
 好みのものに対する嗅覚だけは残っていたということができます。

 ただ、歳と共に朝型に移行したため、
 ここ何年か、週末にTUTAYAでDVDを借りて、
 晩酌しながら過去のTVドラマを楽しんで頭を空っぽにしていますが、
 2000年代に入ってからのTVドラマは質が高く、
 当時は、たまに見ても面白いものに当たる確率は高かったともいえます。
 
******

第10位 『七人の刑事』(1961〜1964)

第10位.jpg

 早々にTVを購入していたお隣によく見せにもらいに行ったものですが、
 小生の家もTVを購入して家族で見始めてから、
 小生の記憶に残る最初の本格的TVドラマとなりました。

 それまでのフィルム制作の子供向けドラマと米国製ドラマしか知らなかった小生には、
 VTRのシャープな質感と、
 芦田伸介を始めとする渋いおじさん達の生真面目さが新鮮でした
 (あのおじさん達、当時30〜40代、今の小生より遥かに若かったとは・・・)。

 当時、日本は高度経済成長期にあり、
 TVを始め3種の神器が普及しだして明日への希望に満たされていたのですが、
 TVドラマの世界では、
 『七人の刑事』だけでなく『特別機動捜査隊』等の刑事物ドラマでは、
 何とも暗い世相が描かれており、
 七人の刑事たちの無力感だけが印象に残っています。

 冒頭のタイトルバックのこれまた渋さを絵に描いたような低音のハミング
 (日本人の歌手ではなかったのですね)は、
 5年以上聴いていれば耳にこびりつくのも無理はありません。

第9位 『八日目の蝉』(2010)

第9位.jpg

 小生が、リアルタイムで観た最後のTVドラマだったように思います。

 その日の新聞のTV番組欄をみていたら、タイトルがきれいだったのと、
 『武士の一分』以来ファンになっていた
 檀れい主演という理由だけで観てしまったのですが、
 子供の誘拐事件から始まり、ミステリーとロードムービーの要素も絡み、
 面白く見ていたのですが、
 最終回のあまりに重い結末に心から感動してしまいました。

 女性版の『砂の器』といってよいと思います。

 歳をとったせいか、あまり重い内容のドラマは敬遠してしまうのですが、
 『八日目の蝉』はうっかり観てしまったのが運の尽きだったようです。


第8位 『わたしたちの教科書』(2007)

第8位.jpg

 当時面白く観ていた『富豪刑事』が終わった後に、惰性で見始めたのですが、
 予想外に面白く、また最終回は感動してしまいました。

 いじめを主題にした本格ミステリー(転落死は事故か殺人か?)で、
 リアルな学園ものが続くのかと思いきや、
 登場人物の関係が二転三転して、最後は法廷劇に移行するという、
 凝りに凝ったドラマ作りで、最後まで楽しめました。

 剽軽な名前ながら暗い過去をもつ弁護士の積木珠子(つみきたまこ)(菅野美穂)、
 転落死した生徒(志田未来)の真面目な担任(伊藤淳史)、そして、
 権威主義の悪役である副校長(風吹ジュン)の演技合戦が見事でした。

 佐藤二郎と大倉孝二が、職員室の陰湿なムードを思い切り感じ悪く醸成しています。

 オリジナル脚本のようですが、
 秀逸な本格ミステリーとしてTVドラマ史に残るのではないでしょうか。
posted by Dausuke SHIBA at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | TVドラマ

2017年06月18日

TVドラマベスト10(第5位)

 2011年7月24日にアナログ放送が途絶えたときに、デジタル放送に切り替えず、
 TVを自宅では全く見なくなりました。

 しかし、それまでに出会った数々の素晴らしいTV番組は、
 私の人格形成に少なからぬ影響を与えており、ここに感謝の意味を込めて、
 2011年までの半世紀のTV鑑賞報告をさせていただきたいと思います。

 といことで、本体ブログの「Essay」に、
 「TVドラマベスト10」と「TV時代劇ベスト10」を連載したのですが、
 こちらのミニブログでの映画の短評記事が蓄積したので、
 誤記を修正し、ベスト10表を見易くし、リンクも飛び易くして、
 こちらに再度載せてみることにしました。

 既に「TV時代劇ベスト10」は報告しましたが、
 今回から「TVドラマベスト10」を報告します。

 と思い、第10位から順に報告しようとしたのですが、
 野際陽子さんが亡くなるという何とも寂しいニュースが入り、
 追悼の意味で、
 野際陽子さんの本当に初期の頃の準主役の当たり役となった
 第5位から始めたいと思います。
        §§§
 今でこそTVドラマには、当然に、
 トレンディな(時代の先端をいく)才色兼備の女優が主役・準主役を張りますが、
 野際陽子さんがその走りであったことは間違いありません。

 当時はドラマの女優といえば専ら映画畑から供給されていたのですが
 (それはそれで当時の女優の美しさは今風のタレントの比ではありませんでしたが)、
 TVアナウンサーであった野際陽子さんは現代を生きる女性としてのリアリティがあり、
 その凛とした美しさと現代的な知性は、齢を重ねてますます際だったと思います
 (私にとってはズーッとあこがれのお姉様でした)。

 野際陽子さんのすごいところは、年齢による衰えが最もでてしまうTVの世界で、
 半世紀にわたり、その年齢に応じてトレンディかつ美しくあり続けたことです
 (その代わり、TVドラマの映画化以外の映画や舞台での印象は希薄ですが、
  それは野際陽子さんにとっては勲章といってよいでしょう)。

 例えば、新垣結衣さんや米倉涼子さんらがTVの世界で80過ぎまで、
 存在感のある美人スターであり続けられるか、を考えると、
 野際陽子さんは、八千草薫さんと並び奇跡の存在であったといえます。

 また、野際陽子さんは、我が国の戦前・戦後の記憶がほとんどなくなった、
 世界でも稀有な平和な時代の開始をを象徴していたといってもよく、
 このタイミングで亡くなったことは、
 その平和な時代を大いに享受した我々の世代にとって、
 何かの終わりのようにも思います(こんなに早く終わりがくるとは)。
        §§§
 私は、当時会社での仕事が忙しく、冬彦さんの母親役はたぶん見ておらず、
 久々に野際陽子さんを意識したのはDVDで観た
 『トリック』での仲間由紀恵さんの母親役ですが、
 このあたりのことは、またの機会にお話ししようと思います。

 なお、当時の本体ブログでの連載は、かなり適当に書いており、
 あまりに昔のドラマについては記憶違いも相当にあり、
 その記憶違いもそれなりに面白いかと思いますので、修正しないままにしておきます。

 なお、当時の連載の中で、後日に記憶違いに気が付いて入れた《お詫びと訂正》を、
 本報告の最後に移動しておきました。

******

第5位 『ローンウルフ一匹狼』(1967〜1968)
     『非常のライセンス』(1973〜1980)


第5位.jpg

 前回までの第10位から第6位までは、1960年代3本、2005年以降が2本と、
 TV草創期から最近までの間40年程が抜け落ちていますが、
 第5位から第1位では、その間が少しだけ補充されます。

 『ローンウルフ一匹狼』は、
 天地茂演じる刑事が、美貌の妻「冴子」(野際陽子が本当に美しい)の失踪を機に、
 刑事を辞めざるをえなくなり、
 妻の行方を捜しつつ事件に巻き込まれて孤独な闘いを続ける
 『逃亡者』(1963)の流れもくむハードボイルド系の名作ドラマです。

 『非常のライセンス』は、
 警察機構内に視点を定め、天地茂演じる会田刑事が、
 掟破りの捜査によって巨悪と孤独な対決をする、
 今考えると『ダーティハリー』(1971)の流れをくむ
 「警察ハードボイルドアクション」の走りであり、
 『新宿鮫』(小説1990)の原型の1つといってよいと思います。

 山村聰の上司や渡辺文雄の東大卒キャリアとの葛藤など、
 渋い役者が濃い演技をしておりました
 (今思うと『必殺仕掛人』(1972-1973)テイストも濃厚か)。

 回想の場面の会田刑事の亡き妻の上村香子が美しかった。

 『ローンウルフ一匹狼』はTVオリジナルで、原案が都築道夫、深沢欣二であり、
 『非常のライセンス』は、
 原作が生島治郎で、脚本に橋本忍、赤川次郎も参加していたとなれば、
 傑作ができるのも当然かと思います。

 『非常のライセンス』は、てっきり1960年代のドラマかと思っていましたが、
 今回駄文を書くにあたり、
 1970年代前半から始まり1980年まで続いていたのを知り驚きました。

 野際陽子は、『ローンウルフ一匹狼』での印象が強烈だったのと、
 『非常のライセンス』ではテーマソング(名曲!)を歌っていたこともあり、
 『非常のライセンス』でも天地茂とコンビを組んでいたかと勘違いしており、
 私の中で、2つのドラマが完全に融合しておりました。

 天地茂は、
 当塾生のMs.M.K.の永遠の憧れの人である成田三樹夫の少し先輩にあたり、
 初期の映画やTVドラマでは、あの三白眼を活かした悪役専門であったのが、
 『座頭市物語』(1962)の平手造酒役の
 労咳病みの素浪人を悲哀たっぷりに演じて以降、本当にいい役者であり続けました。

 亡くなった母が天地茂が好きで、
 『ローンウルフ一匹狼』〜『非常のライセンス』を欠かさず観ており、
 Ms.M.K.もそうですが、大人の女性というのは、
 必ずしも二枚目でなくても心がときめくものなのだ、
 ということを教えてくれた人生教訓ドラマでもありました。

 また「美貌の妻」は、それだけで、
 こういう渋い男が探し求める強い動機付けになるということも新鮮でありました
 (野際陽子だから当然か)。

《お詫びと訂正》

 今回作成した表を、最初に作成してから書き出せばよかったのですが、
 記憶だけで書き流していたため、
 TVドラマベスト10(第5位)で、とんでもない勘違いをしておりました。

 『非常のライセンス』の主題歌は、天地茂が歌う「昭和ブルース」でした。

 天地茂の真っ暗な雰囲気が、当時、耳にこびりついていたことを思い出しました。

 野際陽子の歌う「非情のライセンス」は『キイハンター』の主題歌でした。

 『ローンウルフ一匹狼』の天地茂−野際陽子コンビの印象が強烈で、
 『非常のライセンス』の記憶がごちゃごちゃになっているようです。

 ここに謹んでお詫びしますと共に、訂正させていただきます。

 なお、『非常のライセンス』のオープニング曲を提供した渡辺岳夫は、
 栗塚旭初期三部作『新撰組血風録』『俺は用心棒』『燃えよ剣
 の主題歌の作曲の方で有名ですね。

posted by Dausuke SHIBA at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | TVドラマ

2017年03月20日

TV時代劇ベスト10(第1位)

 いよいよ、今回は、第1位を報告します。

第1位 『素浪人 月影兵庫』(1965〜1968)

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〔月影兵庫と花山大吉〕

 『素浪人 月影兵庫』は、
 戦後最高の剣豪スターである近衛十四郎の晩年を飾る代表作であり、
 二枚目時代劇俳優である品川隆二の名を後世に残すであろう、
 TV時代劇を超えてTVドラマ史上に「伝説」として輝く傑作です。

 ここであえて「伝説」というのには理由があります。

 『素浪人 月影兵庫』(1965〜1968年)が放映され、その最終回の次の週に、
 主演・スタッフ・ストーリーがほぼ瓜二つの
 『素浪人 花山大吉』(1969〜1970年)が放映され、
 ネット上で、ある年齢層の多くのファンが、この2つのドラマに熱く言及しています。

 しかし、実際は、カラーの『素浪人 花山大吉』をリアルタイムで見た方が多く、
 その前にもよく似たモノクロの『素浪人 月影兵庫』が放映されていたらしいが、
 残念ながら記憶がない、と『素浪人 月影兵庫』を伝説的に語る方が多いのです
 (本体ブログの投稿者であるMr. RollinとMs. Cendrillonもその世代)。

 君たち、ほんの少し遅く生まれた不幸を呪いたまえ。

 ここに大きな優越感をもって言わせていただきますが、
 ネット上で皆様が懐かしく褒めちぎっているように
 『素浪人 花山大吉』は稀代の傑作TV時代劇と思いますが、
 『素浪人 月影兵庫』をリアルタイムで見た私にとっては、
 『素浪人 月影兵庫』の方がもっと面白かった!

 衛星放送やケーブルTVで何度も放送され、
 そのたびに新たなファンが生まれるのも当然と思います。

〔近衛十四郎と品川隆二〕


 時代劇は、我が国における映画の発祥以来、
 日本映画の一大潮流として今に至っているのですが、
 映画産業が凋落する1960年代までは、
 歌舞伎界に何らかの由来をもつスターが幅をきかせており、
 歌舞伎界とは縁もゆかりもない近衛十四郎は、
 戦前戦後を通じて不遇をかこつ時代が長く続きました。

 一方で、近衛の殺陣捌きは、
 戦前からの時代劇の大スターを凌駕し他の追随を許さず、
 三船敏郎と並ぶ戦後最高の剣豪スターとして高く評価されていました。

 近衛は、その群を抜く殺陣捌きが評価されたにもかかわらず、
 格下の映画会社のモノクロ時代劇でしか主演ができず、
 ついに時代劇の象徴たる東映時代劇において主役を張ることができませんでした。

 しかし、近衛が演じた 『柳生武芸帳シリーズ』、 中でも、
 大友柳太郎と死闘を演じた『十兵衛暗殺剣』を代表とする多くのモノクロ時代劇は、
 アクション映画として極めて質が高く、今見ても全く古さを感じません。

 近衛自身、脇役に回った場合ですら、
 あの座頭市の勝新よりも強くみえた『座頭市血煙り街道』のように
 ドラマ全体を引き締めることができた稀有の存在でした。

 近衛十四郎については、永田哲明の名著『殺陣 チャンバラ映画史』(現代教養文庫)
 に詳しいので、私に騙されたと思って死ぬまでに是非一読することをお奨めします。

 そして、品川隆二も、映画界では近衛とほぼ同時期に、
 やはり格下映画会社の若手の二枚目時代劇スターとして、
 多くのモノクロ時代劇で近衛と共演していたのでした。

 ******

 TVドラマの黎明期には、近衛十四郎や品川隆二のような、
 二線級といわれた多くの時代劇俳優、監督、脚本家が、
 斜陽の映画界に見切りをつけ、新天地であるTV時代劇に活躍の場を移しました。

 近衛十四郎は50歳にしてTV版『柳生武芸帳』の主演を、
 品川隆二は30歳過ぎでTV版『忍びの者』の主演をして後、
 1965年、TV時代劇『素浪人 月影兵庫』において、
 近衛十四郎演じる「月影兵庫」と、品川隆二演じる「焼津の半次」として、
 私は運命的な出会いをするのでした。

〔ドラマの面白さ〕


 『素浪人 月影兵庫』を最初に見たときの印象は、
 なんと真面目で面白くないチャンバラ映画なのだ、というもので、
 当然に真剣に見てはいませんでした。

 子供向け(といっても大人の視聴にも耐えた)『隠密剣士』に熱中した後なので
 なおさらでした。

 第1シリーズは、平日の夜8時から放映されており、いつ終了したかも定かではなく、
 第2シリーズが、土曜日(まだ、休日ではなく半ドン日でしたが)の夜8時から
 放映されたのも気が付かなかったほどでした。

 それが、土曜日の夜10時30分から始まった
 『スパイ大作戦』第1シリーズを見るまでの時間潰しに、
 夜8時からの『素浪人月影兵庫』でも見てみるかと思ってたまたま見たら、
 何と、あのくそ真面目な本格時代劇が、
 底が抜けたようなおバカ珍道中ものに様変わりしていたのでした。

 ******

 私が見たのは、おそらく第2シリーズが始まって数か月たってからですが、
 何の目的で旅をしているかもわからない素浪人で、
 酒を呑むことだけが楽しみの月影の旦那と、何故かその月影の旦那が好きで、
 博打で稼いだ金を月影の旦那の酒代に貢ぎ続ける焼津の半次との珍道中設定
 が既に固まっておりました。

 二人は、立ち寄った宿場で必ず事件に巻き込まれ、その事件も、
 いたいけな町娘か、わけありの年増美女が、
 その土地のやくざか代官に絡まれるというワンパターン。

 ヒョンなことから事件に関わった二人が、やくざを全て成敗した後、
 月影の旦那がやくざの用心棒(天津敏とか戸上城太郎とか、ど迫力満点)
 を一騎打ちの末に倒して一件落着、
 また次の旅にでるというマンネリも極まれるストーリーでした。

 この時間帯の遥か後の後継番組が、
 大マンネリ時代劇『暴れん坊将軍』であることを思えば、
 この時にマンネリ時代劇の伝統はしっかり築かれていたことになります。

 なお、『素浪人 月影兵庫』『素浪人 花山大吉』を通じて、
 各話のサブタイトルが『〇〇が△△していた』のスタイルで統一されていたのも
 毎度のお楽しみで、おバカぶりが徹底されていたともいえます。

 このサブタイトルは、『素浪人 花山大吉』になってからますます冴えわたり、
 私が一番好きでサブタイトルだけでお腹がよじれたのは「渦まで左に巻いていた」
 でありました。

 ******

 『素浪人 月影兵庫』が、おバカ珍道中ものだけで100話以上制作され、
 最終回にいたるまでワンパターンを貫いたにも関わらず面白かったのは、
 いろいろと理由があります。

 最大の要素は、月影の旦那と焼津の半次の、
 おそらく映画・テレビのコメディ・バラエティ史上空前絶後の底抜け罵り合いの場面
 にあります。

 月影の旦那の酒の呑み方は決して上品ではなく、
 呑めば呑むほど意地汚く下品になり、
 それも半次の懐を鼻からあてにしてのことなので、
 半次も絶えず堪忍袋の緒を切らして、月影の旦那を罵ります。

 半次も、女に見境がなく、事件のからくりなどはサッパリなので、
 月影の旦那に『この馬鹿たれが!』と常に罵られており、
 あれだけ罵られれば切れるのが当然で、「この旦那野郎が、言わせておけば!」と
 月影の旦那が毛嫌いする猫をなすりつけて逆襲するのですが、
 多くの場合、半次の毛嫌いする蜘蛛が目の前に現れて気絶しそうになり、
 蜘蛛を手づかみする月影の旦那からさらに「ちっ、しょうがねえ奴だなあ」と、
 軽蔑丸出しに諌められる、というやりとりを延々と繰り返します。

 酷いときには、この罵り合いが、
 ドラマが始まってから30分以上続いたりするのですが、
 月影の旦那は正義漢溢れる剣の使い手で、
 最後は一瞬にして正気に戻って敵を一刀両断、
 半次も曲がったことが大嫌いで反りのない真っ直ぐ刀を抜いて、
 結構やくざよりも強かったりします。

 このような空前絶後の底抜けおバカシチュエーションと、
 迫力満点の正統チャンバラシーンの落差の大きさが、
 何ともいえないカタルシスになっていたのだと思います。

 このようなカタルシスに結びつく大きな落差は、
 時代劇俳優として高度な技術に裏打ちされた演技力と、
 それを全て破壊するほどの飛び切ったコメディセンスに裏打ちされた
 演技力が兼ね備わっていることが必要不可欠ですが、
 二人が共にそれを持っていたというのは奇跡的なことです。

 ******

 『素浪人 月影兵庫』では、映画時代の正当な剣豪スターと、
 正当な二枚目時代劇スターの雰囲気が色濃く残っており、
 その二人がいったい、どうしたらこうなるの!?という落差の大きい面白さがあります。

 当初から底抜けおバカシチュエーションが組み込まれていた
 『素浪人 花山大吉』では、
 その落差が希薄になってしまっていた、ということになります。

 『素浪人 月影兵庫』では、確か、
 月影兵庫は焼津の半次を「半次!」と気安く呼び、
 半次は月影兵庫を「月影の旦那」又は切れたときでも「この旦那野郎が!」
 と若干の敬意をもって呼んでおり、二人の愛ある親密ぶりが伝わったのですが、

 『素浪人 花山大吉』では、一応、月影兵庫とは別人物という設定であったため、
 花山大吉が焼津の半次を「焼津の!」とやや敬意をもって呼び、
 半次の方が花山大吉を「このおから野郎!」と言い捨てる場合が多く、
 若干の距離を置いた間柄であったことも、
 ちょっとだけ水臭いようで一抹の寂しさを感じたものです。

 なお、一応説明しておきますが、
 月影兵庫が酒に意地汚かったのに対して、
 花山大吉は「おから」無しでは酒が飲めないほど「おから」好きで、
 その食べ方がこれ以上なく下品なので、
 あきれた焼津の半次が「このおから野郎!」と罵るのが常であったのでした。

 『素浪人 月影兵庫』の最終回は、
 月影兵庫が実は家老の息子で、国に帰らなければならないことが
 何故か番組が終わる直前に知らされ、突然に訪れた月影の旦那との永久の別れに、
 半次が悲しみのあまり河原で号泣するという切ない場面で終わっています。

 私も思わずもらい泣きしてしまいました
 (次週から『素浪人 花山大吉』が始まることは勿論承知していたのですが)。

〔時代背景〕

 『素浪人 月影兵庫』の始まった1960年代後半、
 我が国は、映画産業は斜陽でしたが、TV業界が、
 TV時代劇の黎明期から全盛時代への移行期にあたったばかりでなく、
 『鉄腕アトム』に始まる質の高いSFアニメが次々と制作され、
 ビートルズに始まる欧米ポップスと、
 いしだあゆみ、森進一、ブルーコメッツ等に始まる歌謡曲・グループサウンズとが
 黄金時代に移行する時期でもありました。

 ベトナム戦争、公害、大学紛争・・・と問題は多かったのですが、
 我が国は、それでも、高度経済成長の波に乗り、東京オリンピック〜大阪万博と続く、
 明日は今日よりも良くなるはずであることを素直に信じられる、
 世界史をみても稀有な時代を迎えていたと思います。

 1967年のある土曜日の我が家の夜のテレビの時間割は以下の通りでした:

  7:00  『悟空の大冒険』(4年続いた『鉄腕アトム』の後継アニメ)
  7:30  『グーチョキパー』(和製ホームコメディ)
  8:00  『素浪人 月影兵庫』(第2シリーズ)
  9:00  『かわいい魔女ジニー』(米国製ホームコメディ)
  9:30  『土曜劇場』(良質なホームドラマ、後に『キイ・ハンター』に乗り換え))
 10:30  『スパイ大作戦』(第1シリーズ)

 当時、日本はまだまだ高度経済成長時代の真只中にあり、
 私の父もエコノミックアニマルといわれた世代でしたが、
 夜8時には茶の間にいて、家族とTVを囲んでチャンネル争いをしていたものです。

 北島三郎が、『函館の女』もまだ耳に新しい、あの高らかな澄んだ声で、
 
 ♪ は〜な追い風が吹いていた、し〜ろい雲が呼んでいた、
 ♪ うわさ訪ねて来た町は、真っ赤な渦が巻いていた、
 ♪ ま〜え触れなしにく〜る男、ろ〜にん一人、旅をゆ〜く

 と歌い上げる主題歌『浪人独り旅』を背景に、
 オープニングの月影兵庫の殺陣が始まると、気持ちが引き締まったものですが、
 その後に続く下品極まるおバカやりとりに、家族揃って笑い転げ、

 我が家は、世にもおめでたい時間を過ごしたのでした。

 その後に『スパイ大作戦』、明日は『ウルトラマン』が控えており、
 お楽しみはこれからであったTVドラマ黄金時代の開幕です。

 ******

 今、ネットで『素浪人 月影兵庫』と『素浪人 花山大吉』を語る方々が、
 その楽しさを懐かしむことはあっても、
 「いくらなんでもあれは下らなすぎてどうしようもない番組だった」
 などとネガティブに評価するのを読んだことがありません。

 おそらく、当時、日本中の多くの家庭で、
 あのおめでたくも幸せな時間を共有していたのだと思います。

 また、月影兵庫の酒の呑み方や、花山大吉のおからの食べ方がいくら下品で、
 二人の罵り合いが、今では放送できないであろう言葉でなされていても、
 愛すべき俗物ぶりを楽しめることはあっても、あのおバカシチュエーションに、
 生理的嫌悪感を催したり、毒々しい差別感情を感じたりするようなことは
 なかったと思います。

 二人の主演俳優の叩き上げらしい誠実さと、
 本来は『新撰組血風録』『俺は用心棒』等のシリアスなドラマで知られる
 結束信二の脚本が、ドラマの品格を担保していたといえるでしょう。

〔素浪人シリーズは再現できるか〕

 『素浪人 月影兵庫』『素浪人 花山大吉』は、戦後の日本の社会状況の中で、
 様々な日本人の才能が奇跡のような出会いをして初めて生み出しえた、
 あまりにもTV的なドラマであり、TV時代劇ベスト10の2位以下のドラマが、
 オーソドックスな文学・映画の文脈の中でいかに優れていても、
 到達することができない時代の産物であったように思います。

 ましてや、現代の俳優とスタッフで制作することは絶望的なように思います。

 一方、従来は、
 品川隆二以外に「焼津の半次」を演じることができる俳優はありえない、
 といわれたものですが、
 私は、今であれば、片岡愛之助に可能性があるように思います。

 その代わりに、あれだけ多かった時代劇俳優がいなくなってしまい、
 今度は「月影兵庫」を演じることができる俳優が思いつきません。

 貫禄ある中年のおっさんで、酒を呑むと果てしなくだらしなくなるが、
 いざとなると剣の達人って、誰をイメージすればいいのでしょうか?

 北大路欣也がもう少し若かったら・・・。

 歌舞伎の坂東三津五郎さんであれば、と思いましたが、亡くなってしまったし・・・。

 今の中堅の時代劇・アクション俳優はかっこよすぎて、
 中年のおっさん要件をなかなか満たせないように思います。

 例えば、真田広之や渡辺謙あたりが、
 年齢と殺陣の実力の観点ではピッタリなのですが、
 いかんせん、かっこよすぎます。

 強いて挙げれば、2017年現在で、
 NHK金曜時代劇『はんなり菊太郎』で好演した内藤剛志はどうでしょうか。

 内藤剛志は風格があり(183cm)、殺陣はまずまず、豪放磊落で、
 年齢(61)も片岡愛之助(44)と合うように思います。

 片岡愛之助版「焼津の半次」は、若干おねえがかるので、
 内藤剛志版「月影兵庫」に惚れていながら、
 いい男がいるとそちらにすぐ浮気するような設定かな?
 と暇に任せていろいろと妄想しています。

 ******

 実は、最近、DVDで若村麻由美主演『夜桜お染』(2003)を見る機会があり、
 若村麻由美の美しさにボーっとなって見ていたのですが、
 ここで、何と、内藤剛志と片岡愛之助が共演しているのです。

 やはりイメージ通りというか、まだ真面目時代劇であった頃の、
 月影兵庫と焼津の半次を彷彿とする組合せであることが嬉しかったです。

 『夜桜お染』は、愛すべき埋もれた時代劇の傑作で、
 また稿を改めて報告したいと思います。

******

 何はともあれ、焼き直しではありましたが、
 無事『TV時代劇ベスト10』が完結しましたので、最後に、
 ベスト10一覧表を付して、幕締めとします。

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posted by Dausuke SHIBA at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | TVドラマ

2017年03月18日

TV時代劇ベスト10(第2位)

 前回までで、第10位から第3位までをまとめました。

03-10.jpg

 今回は、第2位を報告します。

第2位 『清左衛門残日録』(1993)

02.jpg

〔背景〕
 当時、NHK及び民放共に連続時代劇枠が消滅又は激減していました。

 NHKの時代劇担当スタッフは強い危機感の下、
 まだドラマ化がされていなかった藤沢周平の原作に目をつけ、
 『腕におぼえあり』(1992)を皮切りに、2000年代半ばに至るまで、
 TV時代劇だけでなく広くTVドラマ史に残るであろう傑作が制作され続けました
 (NHKアーカイブスに人情時代劇枠の歴史サイトがあったのですが、
 削除されてしまったようですが、NHK殿、それはないでしょ)。

 『腕におぼえあり』は、藤沢周平の『用心棒日月抄』を原作に、
 海坂藩らしき東北の小藩の内部抗争に巻き込まれた青江又八郎(村上弘明)が、
 最愛の妻(清水美沙)を置いたまま脱藩。

 その後、青江又八郎は、江戸に出て用心棒稼業をしながら、
 藩の追っ手(必ず、技をもった剣客が含まれる)と死闘を重ねたり、
 藩の美人隠密(黒木瞳)と情を交わしたり、
 と『腕におぼえあり』は非常に面白い本格時代劇でした。

 が、村上弘明のあの長身から刀を振り下ろす大根切り剣法(今は違いますが)
 に目を覆い、黒木瞳の時代劇演技もぎこちなく、
 主演の2人は顔だけが取り柄で(それで十分なほどの美男美女ですが)、
 ひたすら脇役(渡辺徹、風吹ジュン、坂上次郎)の芸達者に支えてもらっていた印象
 が残っています(繰り返しますが、それでも、本作は面白い)。

 『腕におぼえあり』に引き続いて、平岩弓枝原作『はやぶさ新八御用帳』(1993)を、
 私は楽しく観ていたと記憶していたのですが、
 実はこの両作の間に藤沢周平原作『清左衛門残日録』(1993)が放映されたことに
 長い間気が付きませんでした。

 当時、何故、『清左衛門残日録』だけ見ていなかったのか思い出せません。

 『腕におぼえあり』は、主演の殺陣と演技が前述したような状況でしたが、
 それなりにカッコよかった村上弘明と若く美しい黒木瞳のコンビが、
 時代劇としては新鮮で楽しめたところ、
 『清左衛門残日録』は新鮮味の全くない仲代達矢では食指が動かん
 ということであったのかもしれません。

 しかし、後日、
 『清左衛門残日録』が実によくできた時代劇であるとの評判を知り、
 いつか『清左衛門残日録』を見てみたいと思っていました。

 そして、10年以上たってから、
 ようやくDVD化されたのを機に見たところ、完全に嵌ってしまいました。

〔物語〕
 これも海坂藩らしき東北の小藩で、
 先代藩主のころから長年、御側御用人(おそばごようにん)、
 今でいえば、社長の秘書室長を務めていた三屋清左衛門(仲代達矢)が、
 先代の藩主の死去を契機に、家督を息子の又四郎に譲り、
 藩が用意した、こじんまりしながらも瀟洒な屋敷で、
 息子一家と共に隠居するところから物語は始まります。

 清左衛門は、愛妻は数年前に亡くしたものの、
 まじめ一筋の又四郎、美しく明るい嫁の里江(南果歩)と
 孫に囲まれ悠悠自適の余生を楽しむつもりでした。

 しかし、まだ町奉行として現役で頑張る盟友、
 佐伯熊太(財津一郎)が持ち込む庶民の喜怒哀楽溢れる種々事件に一汗かき、
 藩の保守勢力の朝田筆頭家老(鈴木瑞穂)と、
 藩の改革勢力の中老の遠藤治郎助(御木本伸介)との対立による
 内紛に巻き込まれるという落ち着かない日々が続きます。

 それでも暇な日々、清左衛門は、己の人生を振り返り、
 かけがえのない何人もの友(河原崎長一郎、佐藤慶、他)に対する
 悔いの残る記憶が悪夢に蘇り、毎度後悔の念に苛まれます。

 その清左衛門に、佐伯熊太が
 行きつけの料亭『涌井』の女将であるみさ(かたせ梨乃)を紹介しますが、
 2人は互いに一目ぼれするも、身分の違いもあり、
 思いを伝えられないままの淡くも煮え切らない想いのやり取りが続きます。

〔スター達〕
 本作は、キャストを一人ずつ全員紹介したいほど、レギュラーだけでなく、
 毎回のゲストも含めて俳優陣が非常に素晴らしいと思います。
 
●仲代達矢
 ドラマのタイトルの背景に毎回かぶる、
 仲代達矢の朗々とした端正で力強いモノローグ

 「日残りて昏るるに未だ遠し

 は、聞いていて気持ちが清々とし、
 まるで、俗世にしがみつく自分のことを言っているのか、
 と勘違いしながら聴き入ってしまいます。

******

 主演の仲代達矢が素晴らしい。

 仲代達矢は、『七人の侍』(1954)の通行人の浪人役でデビューした後、
 同じ黒澤明監督の『用心棒』『椿三十郎』『天国と地獄』『影武者』『乱』、
 小林正樹監督の『人間の条件』『切腹』、
 山本薩夫監督の『華麗なる一族』『不毛地帯』『金環食』等の
 最も良質な日本映画の大作で主役・準主役を張ってきた、
 押しも押されもしない名優として知られています。

 仲代達矢は一見演技派のようですが、
 『人間の条件』『切腹』の汗まみれで匂わんばかりの兵隊や浪人役
 に代表されるように、どちらかといえば体臭がむせ返るようなワイルド派、
 演技といえば『用心棒』『人間の条件』の頃からほとんど全く変わらぬワンパターンで、
 私は長い間、何故、仲代達矢が名優として評されるのかよくわかりませんでした
 (『影武者』は勝新太郎で見たかったと今でも思います)。

 しかし、『清左衛門残日録』を見て、
 仲代達矢は演技派俳優ではなく、魅力ある稀代のスターであることがよくわかり、
 私は仲代達矢を見直しました。

 清左衛門は、今で言えば、定年にはまだ少し間がある時期に隠居しており、
 完全に老成しているわけではなく、御側御用人という要職を務めあげ、
 知性と良識を併せ持つ文人系武士としての魅力に加えて、
 数年前に妻を亡くしたまじめ一徹の男やもめながら、
 男としての魅力もまだまだ十分に残っており、
 嫁の里江(南果歩)、女将のみさ(かたせ梨乃)、みさの叔母の類(浅丘ルリ子)
 その他清左衛門の人生に関わる美女たちが惹かれていきます。

 また、清左衛門は、武芸のたしなみは人並み以上にあるものの、
 寄る年波もあり、あまり強いわけではないという設定がよく、
 それでも筋を通さねばならないときは、
 不安を押し隠して堂々と立ち向かうという男気をもっています。

 かつての手練れが、寄る年波と長年のブランクによって、
 腕がめっきり衰えたことを自覚しながらも、敵に立ち向かうという設定は、
 藤沢周平原作のおなじみの設定ですね。

 例えば、加藤剛の代表作『残月の決闘』(1991)(音無美紀子さん良かったです)
 が典型です。

 このように清左衛門は、役者にとっては非常に難しい役どころです。

 仲代達矢は、既に60代で、かつての荒々しいむき出しの野性的な雰囲気が後退し、
 落ち着いた初老の雰囲気を地で醸し出す一方、
 それらが絶妙に入り混じって男としての品のある色気が漂っており、
 このドラマでは、他の俳優にはないオーラを発散しています。

 女将のみさが、佐伯熊太を差し置いて清左衛門に一目ぼれするのも無理はなく、
 それを知った嫁の里江が嫉妬するという
 上記したキャラクター設定にドンピシャリ嵌っています。

 『清左衛門残日録』は、仲代達矢の生涯の代表作であり、
 このドラマで彼の名は後世に残るのだろうと思います。

●財津一郎
 清左衛門の気の置けない幼友達であり、
 隠居後の清左衛門にとっては藩の内実を知るための情報源であり、
 さまざまなエピソードにおいて盟友となる、
 現役の町奉行の佐伯熊太を財津一郎が演じており、仲代達矢以上に素晴らしい。

 「やめて、チョーだい」の昔から変わらぬ財津節が、
 ともすると聖人君子じみる本作全体に俗社会の空気を流し込み、
 しみじみとしたユーモアと味わい深い俗物ぶりを滲み出しています。

 藩の実権が反改革派の朝田筆頭家老から改革派の遠藤家老に移ろうという
 藩内の大騒動の中、ラインにあと一歩で乗り切れず、
 このまま万年町奉行で終わってしまうかもしれないというやりきれなさに、
 悠悠自適の清左衛門への尊敬とささやかな嫉妬も混じる、
 定年間近の中間管理職の複雑な心情を、絶妙な悲哀感を伴って演じています。

 この仲のよい初老の二人が、東北の寒さ厳しい夕刻、「涌井」で、
 女将のみさが作る愛のこもった料理で(ふろふき大根がおいしそう)
 みさを交えた三人で酒を酌み交わす場面が毎度の見どころで、
 こんなトリオで酒盛りできたら本当に楽しい人生になるだろうと思ってしまいます。

 また、この見どころの毎度の場面が、最終回の清左衛門の深い哀しみを、
 見る側の心の底にまで伝えるための伏線にもなっています。

●南果歩
 嫁の里江を演じるのが可憐で美しい南果歩でした。

 里江は、まじめ一徹の夫を愛し、夫からも愛されながら、
 その出世を願い甲斐甲斐しく家事をこなす一方で、
 元御側御用人でダンディな舅の清左衛門に、
 夫がときどき焼きもちを焼くほど惹かれており、
 亡き清左衛門の妻に対抗するかのように行き届いた世話をします。

 清左衛門も、そんな嫁の里江には頭が上がらず、
 里江に小遣いを渡されながら『涌井』通いをします。

 里江は、清左衛門がときどきみせる孤独な心の影に強く興味をもち、
 清左衛門の日記(残実録)をしっかり盗み読みしているのですが、
 肝心の清左衛門が、
 心の相談ごとは全て女将のみさに委ねてしまうのを知り激しく嫉妬します。

 という、これもなかなか難しい役どころを、南果歩は軽やかに演じています。

 里江が、清左衛門に、
 夫の出世のためにその上司に口添えをすることを願い出るエピソードがあります。

 そのような口添えはたとえ何人からの頼みといえども引き受けないこと
 を信条とする清左衛門が、他でもない里江からのたっての頼みということで、
 渋々引き受けて、雪がちらつく寒い夜に、
 上司の屋敷の前を行ったり来たりの逡巡をします。

 そうこうするうちに、清左衛門の心を決定的に痛める出来事が起こり、
 結局、里江の願いは思ったように運ばないのです。

 しかし、里江はその出来事を知ったとき、
 無理を押し通した自分の我儘を詫び、清左衛門の胸に泣き崩れます。

 清左衛門に対する里江の思いに、見ている方も感極まってしまいました。

 南果歩、素晴らしいです。

●かたせ梨乃
 「涌井」の女将のみさを演じたかたせ梨乃、これまた素晴らしい。

 田舎から女中奉公にでて、奉公先の主人に見初められて嫁いだものの、
 若くして後家となり、自ら料亭『涌井』を切り盛りする孤独な苦労人です。

 「涌井」の常連客となった佐伯熊太が、
 みさを見せびらかすために清左衛門を連れてきたことが、
 みさにとって清左衛門との運命の出会いになってしまいます。

 佐伯熊太にとっては清左衛門を連れてきたことを後悔することになるのですが、
 里江の厳重な管理下にあることもあり、
 清左衛門とみさの関係はプラトニックで煮え切らないまま続きます。

 ある冬の豪雪が吹きすさぶ晩、
 清左衛門は、昔の友に対する悔悟の念から屋敷を飛び出し、
 すれ違いで屋敷に戻った里江と佐伯熊太が心配するのも知らずに、
 『涌井』に倒れこみます。

 みさの介抱を受けて回復した清左衛門と、
 みさは、願ってもない二人だけの、幸せな酒盛りの夜を過ごします。

 その晩、清左衛門は「涌井」に泊まります。

 清左衛門が疲労で寝静まったのち、その寝床にそっと入り添い寝するみさと、
 寝たままの清左衛門との濃密な心の交錯が何とも切ない余韻を残します。

 『清左衛門残日録』は、実は、
 清左衛門とみさとの美しくも哀しいラブストーリーであるともいえます。

 かたせ梨乃は、不幸の影を持ちながらも、きっぷがよく、
 身分違いの清左衛門を思いながら、人生の荒波に翻弄されるみさそのもの、
 としかいえないほどに嵌り切っていて素晴らしいとしかいえません。

●佐藤慶●渡浩行
 清左衛門の若いころからの友でありながら(と、清左衛門は思っていた)、
 朝田筆頭家老側についたために、出世の道が閉ざされ、
 隠居後も零落したままの金井奥之助を、佐藤慶が演じています。

 金井奥之助は、己の生き方に筋を通す一方で、
 今も、友として訪れる清左衛門に対して、狂おしいほどに嫉妬します。

 この二人の、それぞれの人生を賭けた心の葛藤と、その葛藤を引き継いだ
 金井奥之助の息子の金井祐之進(渡浩行)と、
 清左衛門の息子の又四郎(赤羽秀之)との対立が、
 本作の太い縦糸を構成します。

 佐藤慶は出番が少なく、
 妻(中原ひとみ)も出てしまった薄暗いあばら家で寝たきりになる
 という動きのない役まわりなのですが、
 佐藤慶の、過去の人生の苦渋がにじみ出る、
 重厚かつ繊細な演技があって初めて本作の縦糸を構成しえたと思います。

 息子の金井祐之進を演じた渡浩行も、
 腕が立つが故に朝田筆頭家老側の暗殺者に成り下がったうえ、
 逆に始末されそうになるという、
 俗世の流れに翻弄される若侍を凄烈に演じています。

 奥之助は、自分と同じ道を歩み始めている祐之進に心を痛め、
 清左衛門に「せがれを頼む」と遺言を残します。

 清左衛門は、自らをも暗殺しようとする祐之進を、亡き友の遺言通り守り抜きます。

 金井親子と清左衛門親子の間の人生を賭けた葛藤と、
 最後にお互いを受け入れるまでの、
 山あり谷ありのエピソードも、見る者の心を打つことになります。

 このエピソードは、
 本作の番外編『清左衛門残日録 仇討ち! 播磨屋の決闘』の伏線となっています。

●鈴木瑞穂

 長い間、藩の実権を握り、
 改革派に追いつめられる朝田筆頭家老を鈴木瑞穂が演じています。

 鈴木瑞穂は、滝沢修、宇野重吉らと劇団民藝を支えてきた、
 バリバリのリベラル系俳優で、
 誠実な弁護士役などがぴったりなのですが、どういうわけか、
 権力欲に凝り固まった大物の悪役も重厚に演じることができる名優です。

 朝田筆頭家老は、清左衛門の正義の鉄槌によって失脚するのですが、
 権力に未練たらたら、復活するためにさまざまな悪あがきをします。

 仲代達矢のこれまた重厚に振り下ろす正義の鉄槌は、
 このくらいの名優を悪役に据えないと受けきれないと思います。

●山下真司

 藩で随一の使い手であり、
 清左衛門の護衛役でもある平松与五郎を山下真司が演じています。

 平松与五郎は、隠居後の清左衛門が通う道場の師範代でもあるのですが、
 剣のたしなみ以外は、何の趣味もないまじめ一徹のほとんど人がいいだけの好漢で、
 清左衛門に仲人をしてもらい、出戻りの多美(喜多嶋舞)と夫婦になります。

 互いに女心、男心のわからないカップルで、
 それが原因の山下真司ならではのユーモア溢れる夫婦ものエピソードがある一方で、
 朝田筆頭家老側の放つ暗殺者から清左衛門を幾度も助け、
 番外編『清左衛門残日録 仇討ち! 播磨屋の決闘』では、
 男平松の重要かつかっこいい見せ場が用意されています。

 私が山下真司を見たのは、『清左衛門残実録』が初めてでしたが、
 その後、『富豪刑事』で演じた鎌倉警部も面白く、とてもいい役者だと思います。

〔プロデューサー(菅野高至)〕
 『清左衛門残日録』は、軽重のバランスのとれたキャスティングが見事ですが、
 これを実現したスタッフ、特に、プロデューサーの菅野高至は、
 映画では到達できなかったTV時代劇を確立した人物として歴史に残ると思います。

●第一の功績

 菅野高至の第一の功績は、藤沢周平の原作を初めてドラマ化したことです。

 従来、映画及びTVの時代劇は、
 滝沢馬琴(南総里見八犬伝)、中里介山(大菩薩峠)の古典や、
 海音寺潮五郎、子母沢寛、山岡荘八、山本周五郎、南條範夫、司馬遼太郎、
 池波正太郎、松本清張といった大家の原作によっていたのですが、
 映画時代劇の衰退と、TV時代劇の定番原作の安易なドラマ化の流れの中で、
 藤沢周平の原作は映画化又はドラマ化されないままでした。

 天下レベルの権力者に繋がる枠組みをもつ従来の原作に比べて、
 東北の小藩を舞台に、藩に仕えるが、
 剣の使い手としてプロ意識みなぎる下級武士(清左衛門が最高位の官僚経験者か)
 の人生の機微とミステリーの骨格を物語の主体とする藤沢周平原作は、
 映画化するには地味すぎるとの映画サイドの判断があったのかもしれません。

 『腕におぼえあり』『清左衛門残実録』を見ると、
 企業勤めを中心とする今を生きる日本人の心情に近い舞台設定で、
 結構際どい男女関係など、従来の原作では描き切れなかった現代性があり、
 むしろTV時代劇の原作として好適だったことが理解できます。

 また、主人公が剣の達人で、その剣の達人が身につける《秘剣》は、
 文字では想像することしかできないところを視覚化する楽しみがあること、
 ミステリーの骨格は時代劇との親和性が高いことなど、
 従来ながらの時代劇としての面白さは引き継がれています。

 藤沢周平原作を先にTVでドラマ化されたことで、
 本家としてTV時代劇を引っ張ってきた映画時代劇は、
 TV時代劇の後塵を拝する状況に追い込まれたといってもよいと思います。

 菅野高至は、『清左衛門残日録』以降も、
 藤沢周平原作の『蝉しぐれ』『秘太刀 馬の骨』『風の果て
 をドラマ化し、さらに、
 北原亞以子原作『慶次郎縁側日記』(TV時代劇ベスト10の第5位)
 もドラマ化しました。

●第二の功績

 菅野高至の第二の功績は、新しい時代劇ドラマの型を作り上げたことです。

 主人公だけでなく、
 他の登場人物を主人公以上に丹念に描写して群像劇化することで、
 ドラマ全体を俯瞰する視点が設定されているように思います。

 この手法は、『慶次郎縁側日記』でも踏襲しており、
 『清左衛門残日録』と『慶次郎縁側日記』のドラマ構造はほぼ同じです。

 TVドラマ化から遅れること10年、2002年に至って、
 ようやく山田洋次監督が藤沢周平の『たそがれ清兵衛』を映画化しましたが、
 山田洋次監督は、菅野高至の創造した以上のことは何も生み出していません。

 なお、『たそがれ清兵衛』は、真田広之、宮沢えり、田中泯の好演により、
 名作一歩手前までいきながら、
 ラスト5分で山田史観のようなものが突然提示されシラケ切ってしまいました。

 映画監督ってなんで客の求めるものを率直に提示しないのでしょうね。

 ということで、
 菅野高至プロデューサーはTV時代劇に新しい道を切り開いたという意味で、
 黒澤明監督の『七人の侍』に匹敵する創作を行ったと思います。

〔NHKの撮影技術〕
 菅野高至の描いたTV時代劇のイメージを実現する上で、
 NHKの時代劇における撮影技術の高さは大きく貢献していると思います。

 モノクロビデオ撮影から出発したNHKの人情時代劇シリーズは、
 『清左衛門残日録』に至って、
 時代劇に不可欠な自然描写(NHKの自然ドキュメンタリーの雰囲気)や、
 室内撮影におけるセットデザインを実に美しくカラービデオ撮影しており、
 おそらく様々なノウハウの蓄積が生かされているものと思われます。

 このあたりの技術的解説をどなたかにしていただきたいと思っています。

******

 4年前(2013年)、仲代達矢へのインタビューを書き起こして、
 仲代達矢の映画人生を本にした『仲代達矢が語る日本映画黄金時代
 (PHP新書)の出版記念として、仲代達矢と著者の春日太一の対談が、
 新宿紀伊国屋ホールで行われたのを聞きに行きました。

 舞台では、若手の春日太一がことの経緯を説明した後に、
 仲代達矢が舞台の対談席に登場したのですが、
 登場したとたんに、スターのオーラが燦然と輝き、
 スターとはなんと神々しいものかと感激してしまいました。

 さすがに真っ白でしたがふさふさの髪の毛と、
 新作映画のために伸ばしたぼうぼうのこれも真っ白な髭がダンディで、
 80歳を超えているとは思えないシャキッとした姿勢とガッシリとした体躯、
 声を発すれば、昔ながらのあの朗々とした仲代達矢の明瞭な語り口で、
 入れ歯による発声の衰えなどとは無縁でありました。

 対談終了後に、客との質疑応答があったのですが、
 50〜60歳台と思われるご婦人方が、仲代達矢を前にぽーっとしてしまい、
 上ずった声で質問していたのが記憶に残っています。
posted by Dausuke SHIBA at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | TVドラマ

2017年03月17日

TV時代劇ベスト10(第4〜3位)

 前回までで、第10位から第5位までをまとめました。

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 今回は、第4位及び第3位をまとめます。

第4位 『新撰組血風録』(1965〜1966)

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 船橋元(近藤勇)が池田屋に突入し、
 飛び散るモノクロの血しぶきが想像力を刺激して、
 どれだけ血なまぐさく恐ろしかったか、
 子供の私には怖くてみることができないTVドラマでした。

 その後、『俺は用心棒』や『風』(土田早苗さんに憧れました)の栗塚旭がかっこよく、
 よく共演していた左右田一平と島田順司の3人が
 『新撰組血風録』でも同じイメージの役をやっていたという話をよく聞き、
 いつか『新撰組血風録』をきちんとみてみたいと思っていたのです。

 そして『新撰組血風録』がビデオレンタルされ始めたのを機に、
 毎週末1巻ずつ借りて、TVとほぼ同じペースで見たところ、
 毎回の感動と滂沱の涙で困ってしまいました。

******

 各隊士に焦点を合わせたエピソードを丹念に積上げ、
 これらのエピソードにレギュラーの斉藤一(左右田一平)と沖田総司(島田順司)
 がさりげなく絡み、
 土方歳三(栗塚旭)が渋い語り口(クールの極み)のナレーションで話を進行させていく
 という構成で、ドラマ全体が、
 各隊士の死に向かう物語を客観的に突き放しながらも、暖かく包み込むという、
 計算し尽くされた素晴らしい脚本でありました。

 脚本の結束信二と、多くのエピソードを監督した河野寿一は、
 東映娯楽時代劇でならしており、
 このコンビがTV時代劇の基礎をつくったともいえます。

 現在の太秦映画村と違い、当時の東映のセットをそのまま使用していると思われ、
 広々とした屋内での殺陣は、ダイナミックで迫力があります。

 また、春日八郎のアナクロムードに溢れた「新撰組の旗が行く」(渡辺岳夫作曲)も、
 ドラマの前半では、若き新撰組の立ち上げへの応援歌、
 ドラマの後半では、落ち延び追い詰められる新撰組の葬送歌として、
 これ以上ぴったりの曲はないといえます。

 隊士の中では、
 徳大寺伸演じる原田佐之助の控え目ながら筋を通す生き方が印象に残っています。

 しかし、なんといっても、栗塚旭が演じる水も滴る「土方歳三」、
 島田順司が演じる透明で切ない「沖田総司」、そして、
 左右田一平が演じる新撰組の最後をみとり生涯その供養をする「斉藤一」
 の主役3人の死と背中合わせの若さが情熱的で、それぞれが、
 ついに最後の別れを迎える場面では涙を抑えることができませんでした。

 土方歳三、沖田総司、斎藤一の3人は、栗塚旭、島田順司、左右田一平の3人
 以外が思い浮かばなくなるほどのはまり役で、
 1998年のテレビ朝日版の村上弘明の土方歳三、
 2011年NHK版の永井大の土方歳三(おいおいおい『特命係長 只野仁』の・・・
 だいぶ違うだろ)などは、やはりは笑いがこみ上げてしまい、
 敬遠してしまいました。

******

 映画が斜陽になりだした頃、
 映画の仕事がなくなりつつありTVに活動舞台を移さざるをえなかった
 若手俳優、悪役俳優、優れた脚本家・監督その他のスタッフが、
 撮りたいものを撮るという熱気があふれた多くのTV時代劇がつくられましたが、
 『新撰組血風録』は、その中でも際立って情熱的なTV時代劇です。

 『新撰組血風録』は、
 我が国の高度成長時代の始まりと共にTV産業が急速に立ち上がっていった
 あの頃でなければ制作しえなかった奇跡のTV時代劇であるといえましょう。

 もし、特に女性で、
 この栗塚旭版『新撰組血風録』を観ていない方がいらっしゃるようでしたら、
 この時代に生まれてこれを観なければ甲斐なし、と思いますので、
 ご鑑賞いただくことを強くお奨めします。

第3位 『必殺仕掛人』(1972〜1973)

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 市川崑監督の演出がモダン、上条恒彦の歌がモダン、
 主演で新人の中村敦夫がこれまでの時代劇俳優とは異なりモダン、
 とモダンずくめの『木枯し紋次郎』(フジテレビ)でしたが、
 同じ時間帯にTBSが仕掛けた本格時代劇『必殺仕掛人』に力負けしました。

 大映時代劇の奇才で、当時、
 大映時代劇の最後の光芒を放っていた若山富三郎主演の『子連れ狼』(勝プロ)
 を演出した三隅研次監督と、
 東映のやくざ映画のエース監督で、
 残酷場面を品よく描くことができる深作欣二監督とが、
 多くのエピソードを演出しました。

 NHK歴史時代劇『太閤記』(1965)と『源義経』(1966)の主演級を経て、
 油が乗り切っていた稀代の個性派かつ演技派俳優である緒方拳が主演であり、
 『木枯し紋次郎』に比べれば遥かに正統派本格時代劇であったといえます。

 私は、『木枯し紋次郎』を初回から欠かさず観ていたのですが、
 新番組の『必殺仕掛人』の第1回だけは見ておこうと思ったのが運の尽きで、
 それきり、乗り換えてしまいました。

******

 『必殺仕掛人』は、殺し屋が主人公で、依頼人に悪行の限りを尽くした悪の権化を、
 依頼人の人生と引き換えに仕掛人が暗殺する、
 というストーリーの斬新さが話題にもなり物議を醸したものですが、
 本作はTV時代劇あるいはTVドラマとして、
 映画では味わえないリズム感を創造した点に
 他のドラマにはない面白さがあったのだと思います。

 悪の権化に人生のどん底に突き落とされた依頼人が、
 身売り、破産等の己の人生と引き換えに百両は下らぬ仕掛依頼料を懐に、
 仕掛人元締めである音羽屋半衛門(山村聡が貫禄たっぷり)に
 悪の権化の殺しを依頼し、音羽屋が、針医者の藤枝梅安(緒方拳)と
 同僚のわけあり浪人である西村佐内(林与一)に仕掛けを命じるところまでは、
 言ってしまえば毎度お決まりのワンパターンストーリーでもあります。

 しかし、本作はここから先の展開、即ち、三隅研次と深作欣二の、
 アップ気味のシルエットに由来する光と影が交錯するシャープな映像、
 地獄の底で弾けるようなベース音と、依頼人の暗黒の背景物語とは真逆の
 軽快な主題歌「荒野の果てに」(唄:山下雄三/曲:平尾昌晃)をバックに、

 藤枝梅安の指の間に針を構えてから唇に挟み込むという、
 何ともかっこいい、従来にない様式的な殺陣と、
 西村佐内の歌舞伎調正当派の殺陣が美しく舞う仕掛けによって、
 悪の権化の息の根を止めるところまでのプロセスを、
 胸がわくわくするようなリズム感で一気に見せ切ってしまうところに、
 『木枯し紋次郎』を含めた従来の時代劇にはない、
 力強いカタルシスを伴う何とも言えない爽快感があります。

 この爽快感、「指令→ミーティング→仕掛け→任務達成」までのプロセスを、
 ラロ・シフリンの軽快な音楽と共に見せる、
 全体がリズミカルな音楽の体験とでもいえるような『スパイ大作戦』に
 共通するものがあります。

 『必殺仕掛人』は『スパイ大作戦』を多分に意識しているものと思われます。

 優れたTVドラマの多くは、
 このような観る者の音楽的生理に訴えることに成功しており、
 だから、毎回楽しみでもあり飽きがこないともいえます。
 (『ドクターX』もそうですね)。

 実際、田宮二郎主演の映画版『必殺仕掛人』も面白かったのですが、
 映画の横長の大スクリーンでは、
 TVサイズだからこその詰め込まれた密度の高いリズム感は生じ得ず、
 軍配はTV版に挙がると思います。

******

 仕掛人たちは、仕掛けた後、決して後味が良いわけではなく、
 稼業がばれれば獄門磔の刑になるのは必定、
 日常には二度と戻れない精神的ストレスを金で解決するしかなく、
 依頼人の用意しなければならない金は、毎度、百両はくだらない額でありました。

 依頼人の多くは、
 悪の権化に全財産をむしり取られたり、体を奪われたりした挙句に依頼するのであり、
 百両の金は、さらに自分の人生と引き換えで工面するしかなく、
 仕掛人が悪の権化を倒しても、依頼人にとって何の救いもないままとなります。

 この少なくとも百両という額の設定が、このドラマに強い説得力を与えています。

 この設定は、脚本というよりは、
 原作のリアリティによるところが大きいのだと思います。

 池波正太郎の原作を離れた『必殺仕掛人』の後継ドラマである中村主水シリーズは、
 同じ脚本家が執筆していたにも関わらず、
 依頼金額がわずか数両、ひどいときには小判1枚にも満たない依頼金額を、
 仲間で分け合うという設定で、そんな少額で命を張って仕掛などするわけないだろう、
 と突っ込みたくもなり、目を覆わんばかりにドラマの質が大きく低下します
 (「ムコ殿!」は面白かったですが)。

 毎回の悪の権化も、
 遠藤辰雄、小池朝雄、金田龍之介、戸浦六弘、神田隆、内田朝雄、安倍徹といった、
 殺されて当然の悪役スター達の渋さも味わい深いですが、
 大友柳太郎、松橋登、小坂一也、近藤正臣といった、
 悪役とは縁がなさそうな俳優たちが嬉々として殺され役を引き受けているのも
 TVならではの面白さでした。

 また、毎回のオープニングの睦五郎の渋さ全開のナレーション:
 「はらせぬ恨みをはらし、許せぬ人でなしを消す、
 いずれも人知れず仕掛けて仕損じなし、人呼んで仕掛人。
 ただしこの稼業、江戸職業づくしには載っていない。」は、
 ハードボイルドの極みともいえ、
 このドラマのリズム感を決定づける絶品でありました。

 『必殺仕掛人』もまた、
 現代劇、時代劇を問わず、TVドラマの1つの到達点であろうと思います。
posted by Dausuke SHIBA at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | TVドラマ

2017年03月12日

TV時代劇ベスト10(第7〜5位)

 前回は第10位から第8位までをまとめました。

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 今回は第7位から第5位までをまとめます。

第7位 『文五捕物絵図』(1967〜1968)

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 NHKは、1963年『花の生涯』に始まる大河ドラマと並行して、
 1965年『人形佐七捕物帳』に始まる捕物帳を軸とした人情時代劇
 (私が勝手に名付けました)のシリーズが続いています。

 『人形佐七捕物帳』で主演をした松方弘樹は、本当に水も滴る美青年でしたが、
 今年(2017年)、『仁義なき戦い』の記憶と共に亡くなりましたね。

 私の記憶では、『人形佐七捕物帳』をうろ覚えのまま見呆け、
 次の『大岡政談 池田大助捕物帳』で映画俳優でない若手俳優(実は歌舞伎役者)
 の新鮮な演技と切れのあるストーリー展開を漫然と楽しんでいたように思います。

 そして続く『文五捕物絵図』では、
 さらに新鮮で現代的カッコよさを体現した杉良太郎の演技、
 シャープな演出、技術が板についてきたビデオ撮影が強烈に印象に残りました。

 NHKの人情時代劇シリーズは、TV育ちのスタッフと、
 斜陽の映画に出番がなくなってしまった若手俳優と、
 若手の歌舞伎俳優とを積極的に取り込み、
 TV独特の時代劇表現を確立していくのですが、
 『文五捕物絵図』でその基礎が整ったといえます。

 ちなみに、『文五捕物絵図』の3作後が『男は度胸』(TV時代劇ベスト10第9位)であり
 NHK人情時代劇の全開に繋がります。

 倉本聰が脚本の、和田勉が演出のそれぞれ中心にいて、音楽が富田勲、
 原作が松本清張ですから、
 丁寧に制作すれば、いいドラマとなって残ることは必然であったと思います。

 原作は松本清張の時代劇短編集のようですが、それ以外のエピソードの方が多く、
 松本清張の現代劇短編集、長編の名作『ゼロの焦点』『霧の旗』『波の塔』
 などが時代劇に翻案され(小学生の私には知る由もありませんでしたが)、
 当時のNHKとスタッフの意気込みが伝わります。

 それと。当時の人情時代劇は金曜日夜の1時間枠で、それも、
 NHKですから正味1時間で、
 作る方も、見る方も、腰を据えてじっくり取り組めたものです。

 私としては、杉良太郎の文五のカッコよさは当然として、むしろ、
 文吾を助ける丑さん(露口茂)の渋さ、親父(東野英治郎)の大惚けぶり、
 まだ高校に入りたての奈美悦子の可愛らしさが印象に残っており、
 軽快なテンポの富田勲の主題曲が耳にこびり付いています。

第6位 『御家人斬九郎』(1995〜2002)

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 1990年代の民放は、
 現代劇が幅をきかせる一方で(質的には不毛と私には思えましたが)、
 1980年代に全盛を迎えた民放時代劇が勢いを失い、
 見るべき民放時代劇が激減していました。

 その中で、生死の淵を彷徨った渡辺謙が復活し、
 再起作として放った『御家人斬九郎』が傑作となりました。

 原作が柴田錬三郎、演出が映画時代劇のベテランの田中徳三や工藤栄一、
 音楽が映画音楽の重鎮の佐藤勝と、
 どちらかといえば映画サイドの重量級のスタッフですが、

 レギュラー出演陣が、渡辺謙、若村麻由美(美しい)、岸田今日子、牧冬吉、益岡徹、
 塩見三省といったTV及び舞台サイドのスターと渋さ横溢の俳優で固められ、
 ゲスト出演陣が、隆大介、山本圭、夏八木勲、北大路欣也
 といった映画畑の中堅・ベテランで、
 映画的な重厚さと映像美にTV的な軽妙さがうまく融合した、
 満腹感を味わえる時代劇になっています。

 ちなみに、隆大介は、私の妹の都立高校の同級生ということで、親しみを感じます。
 黒澤明監督『影武者』の織田信長がかっこよく
 (現在のTV時代劇の織田信長像は隆大介のバリエーションと言っていいと思います)
 時代劇でもっと活躍して欲しいものです。

 渡辺謙が、母親役の岸田今日子、愛人役の若村麻由美と軽快に掛け合い、
 うだつの上がらない名ばかり御家人の悲哀を滲みだしており、その一方で、
 渡辺謙自身が実際に病み上がりという状況での鬼気迫る殺陣、
 というか、まさにTVのフレームをはみ出る気迫によって、
 毎回、余韻の残るエピソードとなっていました。

 『御家人斬九郎』は2002年に最終回を迎えるのですが、
 最終回は凄まじい迫力の殺陣が繰り広げられ、斬九郎は果たしてどうなったのか、
 と余韻が残りすぎた締めでありました。

 『御家人斬九郎』制作中に、
 牧冬吉さんが亡くなり、最終回の4年後には岸田今日子さんも亡くなり、
 彼らの最後の光芒が記録されているという意味でも貴重な時代劇です。

第5位 『慶次郎縁側日記』(2004)

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 1980年代は、民放時代劇が全盛を迎えていた一方で、
 NHK人情時代劇シリーズは、旧世代の原作が枯渇しつつあったせいもあり、
 やや調子が落ちていたように思います。

 しかし、1990年代に入って、NHK人情時代劇シリーズは、
 その継続が危ぶまれたときに、藤沢周平の原作のドラマ化
 (『腕におぼえあり』『清左衛門残日録』)に取り組み起死回生し、
 以後、新世代の原作を積極的にドラマ化して、
 2000年代に一つのピークに到達したと思います。

 監督の吉村芳之は、最大の功労者の一人ですが、
 今年(2017年)2月に70歳で亡くなりました。
 まだまだ、味が出るのはこれからというときに残念です。

 この経緯の中で、NHK人情時代劇は、
 女流脚本家を意識的に育成していると思われ、
 抜擢された脚本家は、いい仕事をしていると思います。

 この流れにおけるNHK人情時代劇の代表作が、
 北原亞以子原作の『慶次郎縁側日記』です
 (北原亞以子さんも4年前(2013年)に亡くなり寂しいです)。

******

 鬼同心であった森口慶次郎(高橋英樹)の実の娘の三千代(岡本綾)が、
 結婚を前に中年男の常蔵(若松武史)にかどわかされ自害する
 という衝撃的な事件から始まり、
 しかし、慶次郎は常蔵を目の前にしながら殺すことができず、
 その心の傷を抱えたまま引退するという、
 第1回の重すぎるエピソードが、全編を貫くベースとして提供されます。

 慶次郎は、自害した三千代の婚約者であった晃之助(比留間由哲)を養子に入れ、
 家督を晃之助に譲り、商家の別荘の寮番となって悠悠自適の生活を始めました。

 しかし、慶次郎の思いとは裏腹に、次々と事件が起こり、
 慶次郎は、昔取った杵柄もあり、晃之助と共に事件解決に出向かざるを得ない、
 というのが毎度のパターンとなります。

 しかし、それらの事件に関わるたびに、慶次郎には、
 三千代への思いと常蔵への憎悪が蘇り、心安らかでない日々を送ることになります。

******

 こうして説明すると、終始真っ暗な話のように思えるのですが、実際は、
   別荘の寮番で慶次郎の下働きとなる佐七(石橋蓮司)とのおバカな掛け合い、
   晃之助の皐月(安達祐実)との出会いと結婚、
   晃之助の手下の辰吉(遠藤憲一)の常蔵の娘おぶん(邑野みあ)への想い、
   慶次郎を包み込んでくれる料亭の美人女将お登世(かたせ梨乃)との交情、
   ライバルの同心の手下である吉次(奥田瑛二)との奇妙な友情、
 等がちりばめてあります。

 これらの共演者が素晴らしく、
 中でも石橋蓮司は絶品であり、遠藤憲一と奥田暎二はカッコよすぎ、
 安達祐実が水を得たかのように、かわいらしく伸びやかに演じています。。

 高橋英樹は、このドラマで演技に開眼したように思います。

 これらの一癖二癖ある共演者に食われないようにするためには、
 高橋英樹のスター性をもってしても、それだけでは対抗できなかったと思いますが、
 このドラマでの高橋英樹は、
 心のの葛藤をいやみなくドラマチックに観る者に伝えていると思います。

 そして、最大の問題男である常蔵を演じた若松武史が秀逸です。

 慶次郎と常蔵の関係は、第3シリーズの終盤で大団円を迎えるのですが、
 そこまで常蔵はほとんど登場しないにも関わらず、
 シリーズ全編を通じて常蔵の影が慶次郎の心に巣食っているという設定なので、
 常蔵役には極めて高度な演技力が要求されます。

 若松武史は、生かすに値しない最低男の常蔵になりきっていました。

 私は、若松武史を常蔵で初めて意識したのですが、
 Wikipediaによると、寺山修司が率いた劇団「天井桟敷」の中心的俳優だった
 とのことですから、やはり筋金入りということでありましょう。

******

 毎回、登場人物のやるせないエピソードが展開され、
 笑いと涙の振幅の大きい物語が楽しめる一方、
 全体として、登場人物全員の人生の絡み合いと成長が俯瞰することができるため、
 見終わった後に深い余韻が残ります。

 私などは、『慶次郎縁側日記』を見ると、齢取るごとに号泣する場面が増えており、
 齢をとって、いろいろな機微がわかるほど感動できるドラマがあるというのは、
 齢をとる一つの楽しみでもあるかなと思う今日この頃です。

 『慶次郎縁側日記』は、現代劇・時代劇を問わず、TVドラマの最高傑作の1です。
posted by Dausuke SHIBA at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | TVドラマ

2017年03月10日

TV時代劇ベスト10(第10〜8位)

 2011年7月24日にアナログ放送が途絶えたときに、デジタル放送に切り替えず、
 TVを自宅では全く見なくなりました。

 それ以降、電車に乗ったときに、
 ドア上の車内動画を食い入るように見入る自分が怖いです。

 しかし、それまでに出会った数々の素晴らしいTV番組は、
 私の人格形成に少なからぬ影響を与えており、ここに感謝の意味を込めて、
 2011年までの半世紀のTV鑑賞報告をさせていただきたいと思います。

 ということで、本体ブログの「Essay」に、
 「TVドラマベスト10」と「TV時代劇ベスト10」を連載したのですが、
 こちらのミニブログでの映画の短評記事が蓄積したので、
 誤記や、ベスト10表を見易くし、リンクも飛び易くして、
 こちらに再度載せてみることにしました。
 
 まずは、私の記憶に残るTV時代劇ベスト10を数回に分けて報告します。

 今回は、第10位から第8位までを報告します。


第10位 『木枯し紋次郎』(1972〜1973)


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 黒澤明監督が自殺未遂をした翌年、
 映画の時代劇といえば『子連れ狼』(三隅研次/若山富三郎)以外に
 見るべきものがない頃で、私が住んでいた近くの武蔵小山商店街の映画館も、
 松竹、大映と日活の配給会社が合併したダイニチを3本立てで上映したりして、
 それまでは別々の映画館で観なければならなかった各社の映画を
 一度に見れてしまうという面白さがあったものです。

 『子連れ狼』『兵隊ヤクザ』『おさな妻』『影の車』そして『男はつらいよ』
 懐かしい!

 関根恵子さんと同世代の私は、悪いことをしているような気がして、
 岩下志麻さんも30歳になったばかりで、こんなに美しい人が、と、
 もうドキドキ、クラクラの日々でありました。

 ******

 世は田中角栄首相の全盛時代。

 コンピュータ付ブルドーザーによって、土地の価格が爆発的に上昇して、
 退職金で家を買えなくなったというTVニュースを聞き、
 物悲しい気持ちになったことを記憶しています。

 流行歌の世界では、典型的な歌謡曲がややピークを過ぎ、
 四畳半フォークソングも鼻につきだした頃、ユーミンが最初のヒットを飛ばし、
 世界に何か新しさの予兆が感じられてきた頃でもありました。

 洋楽は、ビートルズ解散後のCCRシカゴ等のハードロック、
 カーペンターズウィングスが、
 永久に続くかと思うほど楽しい曲を次々にヒットさせ、
 洋画は、アメリカン・ニューシネマの末期を、
 『ゴッドファーザー』が締めくくろうかという流れの中にありました。

 そんな頃です。

 貧乏人が不幸のどん底のままに終わる身も蓋もない物語が多いにも関わらず、
 市川崑監督の演出がモダン、
 上条恒彦の『だれかが風の中で』がモダン、
 主演で新人の中村敦夫がこれまでの時代劇俳優とは異なりモダン、
 とモダンずくめが圧倒的な救いとなる、ご存知『木枯し紋次郎』が始まりました。

 芥川隆行のナレーターもぴったり決まり、
 「映画女優」といえる花のある女優陣が健在で、
 映画の花とTVのモダンさが絶妙にブレンドされていたように思います。

 当時、菅原文太主演で映画版『木枯し紋次郎』も観ましたが、
 あまりに東映やくざ映画的で、やっぱり映画はあかんなと思ったものでした。

 『木枯し紋次郎』の映画化でなければ、それなりに楽しめたのかもしれないのですが。

第9位 『男は度胸』(1970〜1971)

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 「天一坊事件」に題材をとった柴田錬三郎の小説を原作にした時代劇で、
 徳川吉宗が主役であり、もろに権力者を主人公にした物語でしたが、
 モダンさにおいて『木枯し紋次郎』の先駆けになっていたという意味で
 強烈に印象に残りました。

 なんといっても、徳川吉宗を演じた浜畑賢吉が颯爽、新鮮かつ二枚目で、
 天一坊を演じた志垣太郎も水が滴っておりました。

 また、是非Wikipediaをご確認いただきたいのですが、
 脇役陣も今では考えられない豪華さです。

 このドラマはモノクロビデオ撮影であったような気がするのですが、
 今では第1話しか残っていないとのことです。

 民放時代劇はフィルム撮影が続き、
 今でも当時のドラマを完全な形で見ることができる場合が多いのですが、
 NHK時代劇は伝統的にビデオ撮影で、文化の保存の観点からは劣悪な管理といえます。

 しかし一方で、NHKは非常に高いビデオ撮影技術を構築して、
 近年のNHK時代劇のビデオ撮影技術の美しさと映像表現は素晴らしいと思います。

 民放時代劇はフィルムに依存していた期間が長かった分、
 例えば、『水戸黄門』がビデオ撮影になった初期の頃は、
 見るも無惨な「てかてか」ぶりでありました。

 「男は度胸」の後に、さらにモダンさに磨きをかけた『天下御免』が放映され、
 こちらも負けず劣らず「現代」を時代劇に取り込んだ新しい時代劇でありました。

第8位 「三匹の侍」(1963〜1969)

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 黒澤明監督が『七人の侍』『用心棒』『椿三十郎』で創造した、
 凄腕ではあるが人間味あふれる浪人集団が、
 リアルな殺陣を通して事件を解決(し切れないことも多かったですが)する形式を、
 TV時代劇にそのまま持ち込んで、
 とにかくTVのフレームによく収めたと思えるほど迫力のある殺陣が展開されました。

 と、今となっては解説できますが、
 当時は、私は黒澤明監督の上記時代劇を見ておらず、
 東映時代劇をTVで観ていた中で『三匹の侍』を最初に見たときの印象は強烈でした。

 子供たちに圧倒的人気の芋侍の長門勇(桜京十郎)と、
 当時本当に若く二枚目で女性ファンが多かった平幹次郎(桔梗鋭之介)とが、
 それなりに殺陣も決まって新鮮でした。

 映画経験のほとんどない2人を引っ張るリーダー格の丹波哲郎(柴左近)が、
 ドラマ全体を引き締めていて、バランスのとれた配役でありました。

 3人とも鬼籍に入られたのですが、
 今も、新鮮な3人の姿が焼き付いていて、何とも不可思議な感覚になります。

 丹波哲郎が1年でレギュラーを抜けたあとを、
 新人の加藤剛(橘一之進)が引き継いだのですが、
 殺陣が硬くなんとも大根でありました。

 各シリーズの最終回は、圧倒的に多勢の藩の追っ手に囲まれた中を、
 三匹が切り込んで、これではさすがの三匹も切り死にか、
 と子供心にも無常観が漂いましたが、
 新シリーズになると、何事もなかったように三匹がより集って活躍しだすので、
 TV時代劇というのは救いがあるな、としみじみ思ったものです。

 『三匹の侍』も確かビデオ撮影されており、ビデオのシャープな映像が、
 テンポの速いTV時代劇によく合っていたように思います。

 そのため、初期のシリーズの映像は残っていないようですが、
 民放時代劇がこの後もビデオ撮影にチャレンジしていれば、
 TV時代劇のスタイルもまた違った流れができたかもしれません。

 次回は、第7位から第5位までを紹介します。
posted by Dausuke SHIBA at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | TVドラマ